天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「くそっ、おのれえぇぇ……!」

 拘束(こうそく)された鬼神の巨体がみるみる小さくなっていきます。
 鬼神はもがくけれど鎖が(しな)るだけで脱出できません。

「す、すごいっ。黒緋様は紫紺に(じゅつ)を教えていたんですね!」
「まあな、紫紺は生まれた時から神気は高かった。いずれ俺に勝るとも劣らないものになるだろう。だが、やはり今は厳しいようだ」
「え?」

 黒緋の言葉に鬼神を見ると、拘束(こうそく)していた光の鎖がぎりぎりと(はじ)かれそうになっていました。
 紫紺はなんとか押し負けまいとしますが、その表情が悔しげに歪みだします。

「黒緋様、このままじゃ紫紺の(じゅつ)が破られます!」
「ああ、ここまでか。紫紺は武術の素質はあるが、神気の制御(せいぎょ)はまだ難しいようだ」

 そう言って黒緋が指で(いん)を組みました。
 ようやく動いてくれて私は安堵しましたが、ふと黒緋の動きが止まります。
 しかも驚いたように自分の手を見つめています。

「黒緋様、どうしたんですか?」
(じゅつ)が発動しない」
「ええ!?」

 予想外の言葉に驚きました。
 そんな黒緋の様子に鬼神は愉快(ゆかい)そうに笑いだします。

「ようやく気付いたか陰陽師! 貴様が結界を破るために破壊した(ほこら)は貴様の術を封じるための罠だ! 術が使えなければ陰陽師などただの人間! (わし)の敵ではない!!」

 バリーーーン!!
 鬼神を拘束していた鎖がとうとう(はじ)けました。
 (じゅつ)の反動に紫紺が吹っ飛びます。

「うわあああ!!」
「紫紺!!」

 私はすぐに駆け寄ろうとしましたが、突如(とつじょ)、体が金縛(かなしば)りに()ったように動かなくなります。
 しかもそれは私だけでなく、黒緋や紫紺も同様でした。

「く、黒緋さま、これはっ……」

 顔も動かせず視線だけで黒緋を見ます。
 目が合うと黒緋は大丈夫だというように目だけで頷き、そして鬱蒼(うっそう)とした(しげ)みを見据えました。

「これは鬼神の(じゅつ)じゃない。鬼神の封印を()いた呪術師のものだ。そして俺の術を奪う罠に()めたのも。――――そうだな?」

 黒緋が淡々と言うと、ガサリッと(しげ)みが揺れて一人の山伏が姿を見せました。
 その姿に驚愕します。

「あの(いち)にいた山伏……!」

 そう、それは(いち)で私に声をかけてきた山伏でした。
 山伏はニタリッと笑って黒緋を見ます。

「お久しぶりです。……といったところかな? 黒緋」
「まさか、お前とここで会うとは。羅紗染(らしゃぞめ)

 山伏を知っていた黒緋に驚きを隠しきれません。
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