天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「黒緋様、その男を知っていたんですか?」
「ああ。二度と会いたくなかったがな」

 そう言って黒緋は羅紗染を(するど)見据(みす)えます。
 その射貫(いぬ)くような眼光に羅紗染は愉快(ゆかい)そうに顔を歪めました。

「寂しいことを言う。私はずっと貴様に会いたかったというのに」
「復讐か?」
「それ以外になにがある。私の計画を邪魔したことを悔いるがいい」

 羅紗染は楽しそうにそう言うと鬼神に命じます。

「あとは好きにしろ。その白拍子は斎王の血縁者だ。さぞ美味(うま)いだろうぞ?」

 羅紗染が(よど)んだ目で私を見ました。
 その底知れぬ暗い目に背筋が震撼(しんかん)し、恐怖を覚えてしまう。
 (おび)える私に羅紗染は笑うとスッと姿を消したのでした。
 羅紗染が立ち去り、鬼神は動けないままでいる私たちに高笑います。

「最高だ! 小賢(こざか)しい人間どもめ、貴様らは八つ裂きにしてやる!!」

 鬼神は黒緋と紫紺に向かってそう言うと、私を振り返って楽しそうに口元を歪めます。

「悔しいか、斎王に仕える白拍子よ。貴様には(わし)が直々に教えてやろう、天に仕える斎宮の女どもは(わし)にとって供物(くもつ)であると!!」
「だ、黙りなさい! 斎王や斎宮にいる巫女や白拍子たちに手を出すことは許しません!」

 今は指先一つ動かせないけれど鬼神を睨みつけました。
 こんな鬼神を伊勢の斎宮に近づけるわけにはいきません。
 斎王が鬼神の供物(くもつ)になるなどあってはいけないのです。
 でもそんな私を鬼神が嘲笑《あざわら》います。

「無駄だ無駄だ。あの羅紗染様の呪術が簡単に解けることはない。たとえどんなに(すぐ)れた陰陽師であったとしても不可能だ」

 鬼神のごつごつした手が私に伸ばされ、品定めするように腰を撫であげられました。

「ああ美味(うま)そうだ。貴様は死ぬまで犯し、最後は骨までしゃぶりつくして食ってやる」
「さ、触らないでください!」
「生意気な口を()く女だ。だが斎宮の巫女や白拍子は人間の中でも上質な味わい。その肉の味をしっかり堪能(たんのう)してやろう」

 舌なめずりする鬼神に私の全身の血の気が引いていく。
 今すぐ抵抗したいのに微動(びどう)もできないのです。
 鬼神の手が私の尻を鷲掴み、痛いほどの力で()んできました。

「やめっ、くっ……!」

 屈辱と痛みに唇を噛みしめました。
 鬼神は嘲笑(ちょうしょう)を浮かべて私に顔を近づけてきます。

「悔しいか? だがどれだけ悔しかろうと貴様らは(てん)眷属(けんぞく)に連なる(わし)に立てつくことはできない。貴様らが仕える天がそれを許さないからな」

 鬼神はそう言うと私の顔を分厚(ぶあつ)い舌で()めようとする。
 鬼神の生臭い息が頬にかかって、私はぎゅっと目を閉じましたが。

「――――許さないなど、誰が言った?」

 淡々とした声が(さえぎ)りました。
 その声にハッとして目を開けると、鬼神の顔面が黒緋の大きな手に鷲掴(わしづか)まれていました。
 ぎりぎりと(にぎ)(つぶ)すように掴まれて鬼神が激痛に悶絶(もんぜつ)しています。
< 59 / 141 >

この作品をシェア

pagetop