天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「終わったぞ。これで斎宮の(うれ)いは払われた。ようやくお前の望みを叶えてやれたな」
「黒緋様、あなたは……」

 愕然(がくぜん)と黒緋を見つめました。
 黒緋は普段と変わらぬ笑顔を向けてくれますが、その正体に驚愕します。

「あなたは、……天帝、なのですか?」

 震える声で訊ねました。
 人間にとって天帝とは絶対神。
 信仰される神話の存在です。それなのに今、目の前に……。

「黙っていて悪かった。そして天の眷属が斎宮を困らせていたことも。大変な思いをさせていたな、すまなかった」

 驚愕する私に黒緋が申し訳なさそうに言いました。
 その言葉に私はハッと我に返り、慌てて地面に両手をついて頭を下げました。

「あ、謝らないでください! 私こそ、あなたが天帝と知らずに数々の無礼を申し訳ありませんでした!!」

 地面に額をつける勢いで頭を下げる私に今度は黒緋が(あせ)りだします。
 黒緋は私の前に膝をついて「顔を上げてくれ」と肩に手を置いてくれました。
 私はその手を見つめ、おそるおそる顔を上げます。
 すると黒緋が嬉しそうに笑んでくれました。

「鶯、お前が()びることはなにもない。それどころかいつも俺に()くしてくれている。ありがとう」

 黒緋はそう言うと地面に手をついた私の手をとりました。
 手を包む黒緋の手は大きくて優しくて、私の胸が甘く締め付けられる。

勿体(もったい)ないお言葉です」

 私もそっと力をこめて黒緋の手を握り返すと、彼はまた嬉しそうな笑みを浮かべてくれました。
 そんな私たちの間に紫紺が駆けてきます。

「ちちうえ! ははうえ!」

 紫紺が心配そうに私を見つめて、大丈夫ですよと笑いかけました。

「紫紺、よく頑張りましたね。大丈夫でしたか?」
「オレはだいじょうぶだ! ははうえもだいじょうぶか? ケガはない?」
「大丈夫ですよ。このとおりなんともありません」
「よかった」

 紫紺は安心した顔になって、改めて黒緋に向き直りました。

「ちちうえは、……てんてい、なのか?」
「ああ、そうだ。そしてお前は俺の血を継いだ天の眷属。天帝の嫡子だ」
「……そうか。だからオレは」

 紫紺はそう言って自分の手を見つめました。
 驚きはあるようですが、自分の成長速度が他の人間の子どもとは違っていることに気づいているのです。
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