天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
世界で一番優しくて、世界で一番ひどい男
鬼神討伐を終えた翌朝。
私は早朝から裏庭で薪割りをしていました。
目の前の薪だけを見つめて、ひたすら、ひたすら薪割りをしています。
カン! カン! カン!
薪だけを見つめて、薪を割る小気味良い音だけを聞いて、何度も何度も斧を振り下ろし続けます。集中していなければ余計なことばかり考えてしまうのです。
こうして薪割りの音を響かせていると、ふと黒緋が裏庭に姿を見せました。
「鶯、お前が薪割りをしていたのか」
「黒緋様……」
薪割りの手を止めました。
握っていた斧を地面において深々と頭を下げます。
「おはようございます。薪が少なくなっていたので。……もしかして音がうるさかったでしょうか」
「そういうことじゃない。薪割りなら式神にさせればいいだろう」
「女官の式神は炊事をしてもらっていますから」
「俺に言え。怪力の式神くらいいくらでも出す」
「そんな、黒緋様に直々にお願いするのは……」
それは畏れ多いことです。
天帝に仕える斎宮の白拍子としてできないことでした。
そんな私の反応に黒緋は少し困った顔になってしまいました。
それに私はなんだか申し訳なくなって、なるべくいつも通りの表情を作ります。