天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「黒緋様、今日も紫紺と鍛錬に行くんですよね」
「そのつもりだが」
「ではお昼のおにぎりを用意しますね」
黒緋と紫紺は今日も鍛錬に行くようです。
私は今までどうして黒緋は紫紺を強くしたいのか分かりませんでした。黒緋の紫紺を強くすることに対する強い思い入れに疑問を覚えていたのです。
でもね、それは天妃のためだったのですね。
私は神話でしか知りませんが、天妃は天上から地上に降りて四凶を封じたのです。天妃は四凶を封じたことで消滅し、地上で転生したのだといいます。その天妃を取り戻すために黒緋は地上へ降りてきました。
黒緋の地上での目的は一つ、天妃を見つけだして四凶を討伐すること。四凶を討伐しなければ天妃は元に戻りません。だからなのです。だから黒緋は紫紺を強くし、対四凶の戦力にしたいのです。
……私は、私はなにも言えませんでした。
紫紺は私の子です。黒緋の子だけれど、私の子でもあるのです。天妃のために身籠ったつもりはありません。
でも何も言えませんでした。
……怖いのです。
天妃を取り戻すためだけに地上に降りた黒緋にとって最優先は天妃の奪還。もし異を唱えれば不快な思いをさせるでしょう。不快な思いをさせて、遠ざけられて、ここを出ていくことになればもう二度と出会うこともないのです。紫紺とも離ればなれになるでしょう。あの子は天帝の血を継いだ特別な子どもなのですから。
そこまで考えて視線が無意識に落ちてしまう。
黒緋はとても穏やかで寛大な人なので私に優しくしてくれますが、それでも私が最愛になることはないのです……。
「もうすぐ薪割りが終わるので座敷で待っていてください。すぐに朝餉の支度をいたします」
「分かった。だが薪割りは俺が替わろう」
「いいえ、薪割りなどしていただくわけにはまいりません。黒緋様は天帝なんですから」
私は地面に置いていた斧を拾うと背中に隠しました。
地上の人間にとって天帝とは神です。そんな彼に薪割りなどさせられません。
でもそんな私に黒緋がため息をつきました。
「……鶯、俺に遠慮しないでほしい。今までのように接してくれないか?」
「え?」
「昨日の鬼神討伐が終わってからお前の様子が変わってしまって、ずっと気になっていた」
「黒緋様……」
驚きました。
黒緋が私をずっと気にしていたというのです。
たしかに鬼神討伐で黒緋の衝撃の事実を知ってから私の態度は変わってしまったかもしれません。でも人間にとって天帝とは畏れ多い存在、私が黒緋にたいして畏まるのは仕方ないことなのです。
でも黒緋は私を見て切なげに目を細めます。
「頼むから以前と同じでいてくれ。お前に遠慮されるのは寂しいんだ」
「黒緋様……」
胸が高鳴りました。
叶うことがないと知った今も黒緋のたった一言に心が騒ぎます。
「替わってくれるな?」
黒緋が手を差し出しました。
私は困惑したけれど、その手に隠していた斧を乗せます。
すると黒緋はなんとも嬉しそうな笑顔を浮かべました。
「ありがとう」
「いえ、私こそありがとうございます」
黒緋は頷くとさっそく薪割りを始めます。
「そのつもりだが」
「ではお昼のおにぎりを用意しますね」
黒緋と紫紺は今日も鍛錬に行くようです。
私は今までどうして黒緋は紫紺を強くしたいのか分かりませんでした。黒緋の紫紺を強くすることに対する強い思い入れに疑問を覚えていたのです。
でもね、それは天妃のためだったのですね。
私は神話でしか知りませんが、天妃は天上から地上に降りて四凶を封じたのです。天妃は四凶を封じたことで消滅し、地上で転生したのだといいます。その天妃を取り戻すために黒緋は地上へ降りてきました。
黒緋の地上での目的は一つ、天妃を見つけだして四凶を討伐すること。四凶を討伐しなければ天妃は元に戻りません。だからなのです。だから黒緋は紫紺を強くし、対四凶の戦力にしたいのです。
……私は、私はなにも言えませんでした。
紫紺は私の子です。黒緋の子だけれど、私の子でもあるのです。天妃のために身籠ったつもりはありません。
でも何も言えませんでした。
……怖いのです。
天妃を取り戻すためだけに地上に降りた黒緋にとって最優先は天妃の奪還。もし異を唱えれば不快な思いをさせるでしょう。不快な思いをさせて、遠ざけられて、ここを出ていくことになればもう二度と出会うこともないのです。紫紺とも離ればなれになるでしょう。あの子は天帝の血を継いだ特別な子どもなのですから。
そこまで考えて視線が無意識に落ちてしまう。
黒緋はとても穏やかで寛大な人なので私に優しくしてくれますが、それでも私が最愛になることはないのです……。
「もうすぐ薪割りが終わるので座敷で待っていてください。すぐに朝餉の支度をいたします」
「分かった。だが薪割りは俺が替わろう」
「いいえ、薪割りなどしていただくわけにはまいりません。黒緋様は天帝なんですから」
私は地面に置いていた斧を拾うと背中に隠しました。
地上の人間にとって天帝とは神です。そんな彼に薪割りなどさせられません。
でもそんな私に黒緋がため息をつきました。
「……鶯、俺に遠慮しないでほしい。今までのように接してくれないか?」
「え?」
「昨日の鬼神討伐が終わってからお前の様子が変わってしまって、ずっと気になっていた」
「黒緋様……」
驚きました。
黒緋が私をずっと気にしていたというのです。
たしかに鬼神討伐で黒緋の衝撃の事実を知ってから私の態度は変わってしまったかもしれません。でも人間にとって天帝とは畏れ多い存在、私が黒緋にたいして畏まるのは仕方ないことなのです。
でも黒緋は私を見て切なげに目を細めます。
「頼むから以前と同じでいてくれ。お前に遠慮されるのは寂しいんだ」
「黒緋様……」
胸が高鳴りました。
叶うことがないと知った今も黒緋のたった一言に心が騒ぎます。
「替わってくれるな?」
黒緋が手を差し出しました。
私は困惑したけれど、その手に隠していた斧を乗せます。
すると黒緋はなんとも嬉しそうな笑顔を浮かべました。
「ありがとう」
「いえ、私こそありがとうございます」
黒緋は頷くとさっそく薪割りを始めます。