天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜


 黒緋に側にいてほしいと望まれてから七日が経過しました。
 今、私は黒緋と二人で(いち)を歩いていました。
 いつもなら黒緋は紫紺と鍛錬をしている時間ですが、今日は離寛が鍛錬の指導をしているのです。そのこともあって黒緋が食材の買い出しについてきてくれました。
 もちろん天帝に買い出しに付き合わせるなんて(おそ)れ多くて最初は断りました。でも黒緋は市井(しせい)の人々の暮らしを見たいからと来てくれたのです。こういうところも神話のとおりなのですね。天帝は地上で暮らしている人間を愛しているのです。

「鶯、見ろ。あそこの露店は海を渡ってきた商人の店のようだぞ」
「そうですね、初めて見ました。行ってみましょうか」
「ああ」

 私と黒緋は異国の品々が並んでいる露店に来ました。
 そこには見慣れぬ形の小物や調度品、絹織物が並べられています。
 珍しい形や色の品々に見とれてしまう。山奥で育ったので異国の品を生まれて初めて見ました。

「どれも見事な品々ですね。こんな美しい装飾(そうしょく)は初めてです」

 美しい品々のなかで(くし)を見つけました。珍しい翡翠(ひすい)(くし)です。
 なんとなく()かれて見ていると、ふと黒緋が店主に声をかけます。

「店主、この(くし)を一つ頼む」
「こちらですね、ありがとうございます」

 黒緋は店主から翡翠(ひすい)(くし)を受け取りました。
 (くし)など必要だったのでしょうか。不思議に思って見ていると、私の前に翡翠(ひすい)(くし)が差し出されます。

「受け取ってほしい。お前への贈り物だ」
「ええっ!」

 驚いて目を丸めてしまう。
 贈り物なんていきなりすぎです。そもそも贈り物なんてされるのは生まれて初めてで……。

「ま、待ってくださいっ、受け取れません! 受け取る理由がありません!」
「なぜだ。この(くし)を見ていただろ」
「見てましたけどっ、だからといって……」

 翡翠(ひすい)(くし)は露店の品々の中でも高額な品でした。
 だから欲しくて見ていたわけではないのです。ただ美しいと思って見ていただけで……。

「……それとも私、物欲(ものほ)しそうな顔をしていましたか? だとしたら、恥ずかしい真似を」

 申し訳なくなって縮こまってしまいます。
 そんな私に黒緋が少し困ったように目を丸めました。
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