天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「鶯、ずっと会いたかったの……! 伊勢で別れた時から、鶯のことを考えない日はなかったわ。どこも怪我してない? 変な呪いにかかってない?」

 萌黄は私の手を握って(あせ)った口調で聞いてきます。
 落ち着きがない萌黄に苦笑しました。この子は子どもの頃から変わりませんね。とても優しくて愛らしくて、(しん)の強い自慢の妹です。でもちょっと鈍臭(どんくさ)いのが(たま)(きず)だけど。

「私は大丈夫です。元気ですよ。それよりどうして斎王のあなたが都に? あなたが斎宮から出てくるなんて、なにかあったんですか?」
「鶯に会うために決まってるじゃない! 鬼神が討伐されたのを感じて、でも鶯になにかあったんじゃないかって心配で、だからっ……!」

 萌黄はあふれる涙を衣装の(そで)で押さえます。
 萌黄は伊勢にいながら鬼神が討伐されたことを感知したのです。でも同時に私の身を心配したのでしょう。
 グズグズ泣いている萌黄の背中を(なぐさ)めるように撫でてあげました。泣き虫なのも子どもの頃から変わりませんね。

「よしよし、泣いてはいけませんよ。それにしても、よくその理由で斎王が伊勢からでることを許されましたね?」
「うん、斎王を辞めるって言ってみたの。そしたら許可が下りて」
「ええ!? あ、あなたそんなこと言ったんですか? ほとんど脅迫(きょうはく)じゃないですか! あ、あなたらしくないっ……」
「そうでもしないと伊勢を出る許可が下りなかったから……。でもどうしても鶯に会いたかったの。鬼神がいなくなったのに鶯は帰ってこないし、でも鶯が関わっていないはずないと思っていたから。だから、だからどうしても鶯に会いたかったの。御所(ごしょ)に上がって(みかど)にご挨拶するっていう理由を作ってもらって、やっと(きょう)(みやこ)に来ることができたんだよ」

 萌黄はそう言うと涙で真っ赤になった目で私を見つめます。

「ごめんなさいっ。鶯ばかり(つら)い思いをさせて、苦労ばかりさせてっ……。ほんとうに、ほんとうにごめんなさい……!」
「ああ泣かないでください。斎王がこれくらいで泣いてどうするんです。それに白拍子が斎王を守るために(いのち)()すのは当然のことです」

 私はそう言ったけれど萌黄は泣きながら首を横に振るばかり。
 困りましたね。なでなでしてあげます。

「では、私はあなたの姉です。あなたを守るために(いのち)()すのは当然のことです。苦労などありませんでしたよ」
「っ、姉さまっ……!」

 萌黄がぎゅっと抱きついてきました。
 斎王になってからあなたは(りん)とした姿を見せてくれるようになったけれど、それでも私の前では甘えたで泣き虫で鈍臭(どんくさ)い。そんな変わらぬ姿を見せてくれるのですね。
 私はよしよしと撫でながら優しく慰めます。
< 70 / 141 >

この作品をシェア

pagetop