天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜


 嫌な予感というものは的中することが多いのだといいます。
 (いち)で萌黄と再会してからすぐに黒緋の寝殿に帰ってきました。
 しかも黒緋の強い希望で(みやこ)にいる(あいだ)はここに滞在することに決まりました。もちろん私に異存はありません。ずっと伊勢にいる萌黄のことが気になっていたので、その萌黄と一緒に暮らせることは嬉しいことなのです。
 でも、黒緋が初めて萌黄を目にした時のあの反応。それが脳裏に焼き付いていて離れません。
 何度も振り払おうと思うのに、萌黄を見つめる黒緋の眼差しが忘れられないのです。
 まさか、まさか……そんなはずありませんよね。まさか萌黄が……。

「っ、いた……っ」

 指先に走った痛みに包丁を置きました。
 見れば指先に血が滲んでいます。考えごとをしながら食材を切っていたら指を怪我してしまいました。
 夕餉づくりに集中しようと思うのに……。

「早く手当てしないと」

 頭を切り替えるように言うと指の手当てをして料理に戻ります。
 でも座敷がある方角をなんとなく見つめてしまう。
 そこからは時折、楽しげな笑い声がしていました。
 土間(どま)まで届く話し声や笑い声。
 今、黒緋と萌黄はどんな会話をしているのでしょうか。どんな顔で互いを見つめているのでしょうか。
 そこには紫紺も一緒にいるはずなので、きっと旅の話や鬼神討伐の話をしているのかもしれません。
 座敷へは私も一緒にと誘われていましたが、夕餉を作るからと自分から辞退しました。
 本当は黒緋と萌黄が気になって仕方ありませんでした。でも一緒にそこにいるのが怖かったのです。見たくないものを見てしまう気がして、どうしても怖かったのです。

「あ、鶯、いたいた!」

 ふと土間(どま)に離寛が飛び込んできました。
 息せき切らせてとても慌てた様子です。

「鶯、あんたにそっくりのあの萌黄が斎宮の斎王だってのは本当か!?」
「なんですかいきなり……」
「さっき黒緋から紹介されたんだ。あんたの双子の妹だって」
「そうですよ。会ったのなら分るでしょう。私と萌黄はそっくりなんですから」
「ああ。顔だけはな」

 そう言った離寛に私は内心少しだけムッとしてしまう。
 きっと性格が正反対だと言いたいのでしょう。私と萌黄はなにもかも違うのです。

「私は萌黄のように優しいわけでも、ましてや可愛げがあるわけでもありませんからね」

 私はそう答えながら夕餉づくりに戻ります。
 お話しがそれだけならもういいでしょう。
 でも離寛は神妙な面持ちで首を横に振りました。

「そうじゃない。あの萌黄は本当に人間なのか?」
「え、どういう意味です?」

 思わぬ言葉に振り返りました。
 離寛は真剣な顔で口を開きます。
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