天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
その晩、私は萌黄の寝床を整えていました。
「ありがとう、鶯。でもそれくらい自分でできるわ」
「いいえ、斎王のあなたに寝床の準備などさせるわけにはいきません」
「そうだけど、私と鶯は双子の姉妹だよ?」
萌黄が申し訳なさそうに言いました。
そんな萌黄に私は苦笑してしまう。
斎王になった萌黄は誰からも尊敬される尊い身分になりました。でも神気のない私はおまけのような存在だったのです。
本当は斎宮へあがるのは斎王に選ばれた萌黄だけでした。しかし萌黄が鶯も一緒でなければ嫌だと駄々をこねて、私も貧しい村から斎宮へと一緒にいけることになったのです。
斎宮での私の暮らしは白拍子の稽古をしながら、他の下女と同じように下働きをする生活でした。萌黄はそれをいつも申し訳なさそうに見ていたのです。同じ血を分けた姉妹なのにと。
「気にしないでください。姉妹だったとしても、あなたは斎王なんですから」
そう言って私は萌黄に笑いかけました。
この言葉に嘘偽りはありません。
私たち姉妹は生まれた時からずっと二人で生きてきたのです。萌黄は少し鈍臭いところがあるので、姉である私が守ってあげなければなりません。
だから一緒に斎宮にあがれた時も、白拍子として斎王の萌黄を支えることができて嬉しかったのです。
でも今、胸がちりりっと痛んでしまう。
その理由は分かっているけれど、今は考えないようにしながら黙々と寝床を整えました。
「終わりましたよ。今晩はゆっくり休んでください。長旅で疲れたでしょう」
「ありがとう」
萌黄が礼を言ってごそごそ寝床に入ります。
私は枕元に正座して見守ると、「明かりを消しますね」と燭台の火を消そうとしました。
でもその前に萌黄が私の着物の裾を掴みます。
「待って。まだ眠くない」
「眠れないんですか?」
「うん。明日のこと考えると緊張して」
「明日は御所で帝にご挨拶するんでしたね」
萌黄の明日の予定を思うと、たしかに眠れないかもしれませんね。
今回、斎王が斎宮のある伊勢から出てこられたのは異例中の異例です。本当なら私に会うために京の都にくるなど決して許されないことでした。しかし萌黄は脅迫に近い形で無理を押し通し、無理やり理由を作って伊勢を出てきました。
その理由とは、御所の帝に謁見すること。
斎王が帝に謁見することを神事として扱うことで、斎王の式典行事として萌黄は伊勢を出てきたのです。
「くれぐれも明日は粗相のないようにしてくださいね。今日のように牛車から転がり落ちるなんてことはないように」
「そ、それは鶯を見つけて慌てたからだよっ。いつもはちゃんとしてるから」
「ならば明日もちゃんと謁見してくるんですよ?」
「うぅ、やっぱり緊張してきた……」
萌黄が布団の中で頭を抱えました。
その姿がなんだか可笑しくて私は思わず笑ってしまいます。
だって子どもの頃からちっとも変っていないのですから。
「……鶯のいじわる。慰めてくれてもいいのに」
「斎王の大切なお役目です。頑張ってきなさい」
「はーい」
萌黄が甘えた返事をしました。まるで子どものようですね。
でも、この子がこうして甘えるのは私にだけなのです。斎王の重責に押し潰されそうになる日々の中で私にだけ見せてくれる萌黄の本当の姿でした。
子どもの頃から少し鈍臭い子だったので斎宮にあがったばかりの頃は傷つくことも多かったのです。でもどんな時も明るい笑顔の萌黄は誰からも好かれて、今では立派に斎王の役目を果たすまでになりました。
かわいいですね、ほんとうに。もう私などが守る必要はないほど大きくなったけれど、それでも守ってあげたいと思っています。それはあなたが私のたった一人の妹だから。大きな神気を持った斎王だけど、私にとってはたった一人の妹です。