天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜

 翌日。
 寝殿には私一人が残っていました。
 黒緋と紫紺は朝から鍛錬で山に行き、萌黄は御所(ごしょ)へ行ったのです。
 一人残った私は夕餉の下拵(したごしら)えを終えると庭園の掃除をしていました。
 庭帚(にわぼうき)で庭園の玉砂利を整えていると、鍛錬に行っていた黒緋と紫紺が帰ってきました。

「ただいま、ははうえ!」
「おかえりなさい、今日もお疲れさまでした」

 そう言って出迎えると紫紺が嬉しそうに駆けてきました。
 私の足にぎゅ〜っと抱きつく紫紺をなでなでしてあげます。

「おにぎりありがとう! ははうえのつくったみそのおにぎり、すっごくおいしいんだ! げんきいっぱいでる!」
「ふふふ、それは良かったです。今日も頑張ってきたんですね」
「うん。オレ、つよくなってるぞ! ははうえ、びっくりするとおもう!」
「それは楽しみですね。さあ、夕餉の前に湯浴(ゆあ)みをしてきなさい」
「わかった! きれいにしてくる!」

 紫紺は湯浴みをするために駆けていきました。
 それを見送った私は黒緋に向き直ります。

「おかえりなさい。お疲れさまでした」
「ただいま、鶯」
「紫紺が頼もしいことを言ってくれるようになりましたね。鍛錬は順調ですか?」
「問題ない。紫紺は素晴らしい素質を持っている。神気を操る呪術はもう少し修業が必要だが、武術がそれを補っている。持って生まれた才覚に恵まれた子どもだ」
「そうですか。嬉しいことですね」

 紫紺に力が求められるのは天妃のためだと分かっています。でも、我が子である紫紺の成長は嬉しいことでした。

「鶯のおかげだ。お前との子でなければ、あのような俺の望む子にはならなかった」
「そうなんですか?」
「当たり前だろう。子作りの相手は誰でもいいわけじゃない。俺とお前だから紫紺が生まれたんだ。やはり相性がいいのだろうな」

 嬉しそうに話してくれた黒緋に顔が熱くなりました。
 黒緋は私と子どもを作ったことを喜んでいてくれるのです。たとえそれが天妃のためだったとしても、黒緋の役に立てたことが嬉しいです。

「ありがとうございます。黒緋様」
「感謝したいのは俺の方だ。俺や紫紺を支えてくれてありがとう」
「斎宮の白拍子が天帝に(つか)えるのは当然のことですからっ」

 恥ずかしくなってぶっきら棒な口調になってしまいました。
 でも照れ隠しは見抜かれていて、黒緋は私を見て優しく笑んでくれました。
 その眼差しに耳まで熱くなってしまいましたが、ふと、門の前に牛車が停車しました。萌黄が御所から帰ってきたのです。
 牛車から降りた萌黄は黒緋と私を見つけると嬉しそうに歩いてきます。
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