天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「旅をしているのか。目的は?」
「……特にありません。各地を転々としています」
「そうか。京の都にはいつ入った?」
「三日前です。ですが、今日で都を出ようと思います」
そう、今日で都を出なくてはいけません。
これ以上ここにいてはまた鬼に見つかってしまうでしょう。
「急だな。もう少しゆっくりすればいい。三日くらいじゃ都見物も出来ていないだろう」
「いえ、長居するつもりはありません。それに都見物をするために旅をしているわけではありませんから」
申し訳ないと思いつつも断りました。
でもね、少しだけ惜しいと思ってしまう。なぜだか黒緋と離れがたかったのです。
しかしそれを隠してまた深々と頭を下げました。
「黒緋様、ご恩を返せずに旅立つことをお許しください。それでは出立の支度をしますので」
私はそう告げると荷造りを始めようとします。
でも。
「急ぎの旅というわけだな。それは鬼から逃れるためか?」
荷造りの手が止まりました。
困惑しながらも振り返ります。
そんな私の様子に黒緋が穏やかなまま口を開きます。
「話したくないなら理由は聞かない。だがせめて後一日はここにいたほうがいい」
「……なぜです?」
「昨夜の鬼のほかに都に侵入した鬼がいる。今お前がここを離れれば都の人々が巻き添えをくらいかねない」
「えっ」
動揺しました。
そんな馬鹿なと困惑しますが、黒緋が偽りを口にしているとは思えません。
「私はどうすれば……」
「ここにいればいい。鬼の狙いはお前だろう? それなら立ち去るまでここにいればいい。そうすれば都の人々が巻き添えをくうことはない。そしてお前も守ってやれる。悪い話じゃないはずだ」
「たしかに……」
都で足止めされるのは不本意ですが黒緋の提案は納得できるものでした。
私だって無関係の人を巻き込むのは避けたいのです。
「ありがとうございます。ではなにかお礼をさせてください。出会ったばかりなのに私ばかり良くしてもらって申し訳なく思います……」
「気にしなくていいぞ」
「いいえ気にします。炊事でもなんでも構いません。私にできることをさせてください」
「なるほど。貸し借りは無しということだな」
面白いと黒緋は喉奥で笑いました。
その通りです。私は貸し借りを作りたくありません。本来なら誰とも関わらずに都を出なければならない身です。
でもそれが難しいのなら今は頭を下げてお願いしなければなりません。
「お願いします。どうか」
「分かった。お前の気の済むようにしろ。いつも身の回りの世話は式神の女官にさせている。彼女らを好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げました。
役目を与えられてほっと安堵したのです。
「……特にありません。各地を転々としています」
「そうか。京の都にはいつ入った?」
「三日前です。ですが、今日で都を出ようと思います」
そう、今日で都を出なくてはいけません。
これ以上ここにいてはまた鬼に見つかってしまうでしょう。
「急だな。もう少しゆっくりすればいい。三日くらいじゃ都見物も出来ていないだろう」
「いえ、長居するつもりはありません。それに都見物をするために旅をしているわけではありませんから」
申し訳ないと思いつつも断りました。
でもね、少しだけ惜しいと思ってしまう。なぜだか黒緋と離れがたかったのです。
しかしそれを隠してまた深々と頭を下げました。
「黒緋様、ご恩を返せずに旅立つことをお許しください。それでは出立の支度をしますので」
私はそう告げると荷造りを始めようとします。
でも。
「急ぎの旅というわけだな。それは鬼から逃れるためか?」
荷造りの手が止まりました。
困惑しながらも振り返ります。
そんな私の様子に黒緋が穏やかなまま口を開きます。
「話したくないなら理由は聞かない。だがせめて後一日はここにいたほうがいい」
「……なぜです?」
「昨夜の鬼のほかに都に侵入した鬼がいる。今お前がここを離れれば都の人々が巻き添えをくらいかねない」
「えっ」
動揺しました。
そんな馬鹿なと困惑しますが、黒緋が偽りを口にしているとは思えません。
「私はどうすれば……」
「ここにいればいい。鬼の狙いはお前だろう? それなら立ち去るまでここにいればいい。そうすれば都の人々が巻き添えをくうことはない。そしてお前も守ってやれる。悪い話じゃないはずだ」
「たしかに……」
都で足止めされるのは不本意ですが黒緋の提案は納得できるものでした。
私だって無関係の人を巻き込むのは避けたいのです。
「ありがとうございます。ではなにかお礼をさせてください。出会ったばかりなのに私ばかり良くしてもらって申し訳なく思います……」
「気にしなくていいぞ」
「いいえ気にします。炊事でもなんでも構いません。私にできることをさせてください」
「なるほど。貸し借りは無しということだな」
面白いと黒緋は喉奥で笑いました。
その通りです。私は貸し借りを作りたくありません。本来なら誰とも関わらずに都を出なければならない身です。
でもそれが難しいのなら今は頭を下げてお願いしなければなりません。
「お願いします。どうか」
「分かった。お前の気の済むようにしろ。いつも身の回りの世話は式神の女官にさせている。彼女らを好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
私は深々と頭を下げました。
役目を与えられてほっと安堵したのです。