天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
二人目の赤ちゃん、その名は青藍。
萌黄が黒緋の寝殿に滞在するようになって十日が過ぎた夜。
私は渡殿で月を眺めていました。
眠ろうと寝床に入ったものの、月明かりが眩しくて眠れなかったのです。
まるで誘うような月明かり。静謐な夜を淡い光で優しく照らす。
私は眠ることを諦めると渡殿で月を眺めていました。
見上げた月は楕円形。あと幾日かで満月となるでしょう。
月明かりの下でぼんやり一人の時間を過ごしていると、ふと黒緋が渡殿を歩いてきました。
「鶯、まだ起きていたのか」
「黒緋様っ……」
私は慌てて居住まいを正しました。
恥ずかしい。誰も来ないと思っていたのでぼんやりしていたのです。
床に両手をついて迎えた私に黒緋は「楽にしてくれ」と隣に腰を下ろしました。
「眠れないのか?」
「はい。月が眩しかったので」
「じつは俺もだ。今晩の月は眩しいほどに美しい」
黒緋はそう言うと私の隣で月を見上げます。
私は黒緋の端正な横顔を見つめ、そして同じ月を見上げました。
今ここに黒緋と二人きり。
こうして二人きりの時間をすごすのは久しぶりでした。
今晩、萌黄は寝殿に不在でした。今晩は公家の寝殿で夜宴があるようで、それに招かれているのです。萌黄は夜宴に行くことを嫌がっていましたが、これも斎王の役目の一つということで出かけていきました。
「今夜の月はとても明るいので、寝床に燭台《しょくだい》は必要ありませんでしたね」
「そうだな」
静かな時間が流れていました。
こうして二人きりでいられることが嬉しいです。
でも同時に萌黄の不在を喜んでしまう自分もいて、その醜さに胸が苦しくなる。萌黄は大切な妹なのに不在を喜んでしまうなんて最低です。
「鶯」
ふと名を呼ばれ、びくりっとしました。
私の醜い心を見抜かれたと思ったのです。
でも違ったようで、「頼みがあるんだが」と私を見つめます。
「……なんでしょうか」
「月見に花を添えてほしい。舞を見せてくれないか?」
「……舞ですか?」
「ああ。天地創造の神話を舞ってほしい」
所望されたそれに私は唇を引き結びました。
よりにもよって、今それを望むのですね。
以前ならなにも厭うことなく舞うことができました。でも黒緋が天帝だと知った今、それを厭う気持ちが生まれてしまう。
萌黄という天妃に近い存在を知った今、それを舞わせる黒緋をひどい男だと思ってしまう。
私がふいと視線を落とすと、黒緋が心配そうな顔になりました。