天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「……嫌なら無理にとは言わないが」

 様子をたしかめるように言われて、私は(ゆる)く首を横に振りました。
 黒緋に望まれて断れるはずがありません。
 ()せていた顔を上げて黒緋に微笑を向けます。

「白拍子の舞は天帝に捧げるものです。(いと)う理由はありません」
「ありがとう。嬉しく思う」

 私は小さく頷くと立ち上がりました。
 そして月明かりの下、いにしえから伝わる神話を舞います。
 神話は物語ではなく真実でした。
 天帝が天妃を深く深く愛しているのも真実でした。
 私は舞いながら黒緋を流し見ます。
 今、目の前にいる黒緋が愛おしい。胸が()がれるほどに愛おしいのです。
 でも、なんて残酷な御方(おかた)なのでしょうね。
 黒緋の舞を見つめる眼差しは切なくなるほど真剣で、舞手である私の向こうにきっと天妃を見ているのでしょう。
 そして天妃と神気が似ている萌黄を想っているのでしょう。
 天上の天妃を愛し、萌黄を想い、私の舞を見つめている。
 心臓がきりきりと締め付けられました。
 誰も悪くないのに、(みにく)い言葉を()いてしまいそうになる。
 黒緋の願いが叶うのを素直に喜べない私が悪いのに、心は嵐に見舞われたように荒れていく。
 少しでいいのです。ほんの少しでいいのです。
 少しでいいから萌黄に向ける眼差しを、想いを、期待を、喜びを、ほんの少しでいいから私にも分けてほしい。そう願うことは罪でしょうか。
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