天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「黒緋様……」

 私は途中で(まい)を止めました。
 じっと見つめる私に黒緋が眉を上げます。

「どうした鶯、やはり気乗りではなかったか?」
「そうではありません」

 どうしたら黒緋の役に立てるでしょうか。
 どうしたら黒緋に喜んでもらえるでしょうか。
 どうしたら黒緋の側にいる理由を作れるでしょうか。
 今まで一緒に過ごした中で、黒緋が最も喜んでくれたことが一つだけあります。
 それと同じことをすれば黒緋はもっと喜んでくれますよね。
 お前は最高だと、また私を抱きしめてくれるかもしれません。

「黒緋様、強い子どもは欲しくありませんか? もう一人、強い子どもを」

 自分が口にしている言葉に()()がしました。
 強い子どもは天妃のためのもの。それをこんな理由で自分から望むなんて馬鹿げています。
 でも、……もうこれしかありませんでした。

「鶯、それは本気か?」
「本気です。だって必要なんですよね?」

 四凶(しきょう)を滅ぼすためには強い力を持った者が必要です。
 黒緋と私の(あいだ)にはそれに(かな)った力を持った子どもが生まれてきます。
 だから、きっと黒緋はまた望んでくれるはず。
 重い沈黙が落ちる中、祈るような気持ちで黒緋を見つめました。
 怖いです。とても怖い。
 いらないと言われたら。萌黄がいるから必要ないと言われたら。きっともう立ち直れません。
 でも。

「俺は紫紺が生まれてきてくれただけで充分だと思っている。だが、強い子どもが増えるのは嬉しい。お前との子ならなおさらだ」

 そう言って黒緋が優しく微笑んでくれました。
 私だけを見つめて優しく。

「黒緋様……」

 ああ、ため息が漏れました。
 良かった。まだ私は望まれている。
 あなたに必要とされているのですね。
 役に立てれば、このまま側に置いてもらえます。

「鶯、来い」

 黒緋が私に手を差し出しました。
 その手に手を重ねると、ゆっくりと抱き寄せられます。
 私より大きな体躯に抱きしめられて、(たくま)しい胸板に両手を置いてそっと身を寄せます。
 甘えるように肩口に顔をうずめると、大きな手にそっと頭を撫でられました。

「鶯、ありがとう」

 耳元に響いた黒緋の声。
 顔を上げると穏やかな面差しの黒緋と目が合いました。
 唇が触れ合いそうな近い距離。
 ……ああ、本当に触れあえたならどれだけ幸せでしょうか。
 叶わない想像をして眩暈(めまい)を覚えました。

「……黒緋様。どうか、どうかあなたの望みが叶いますように」

 私は微笑して言葉を紡ぎました。
 祈るように、願うように、心にもない言葉を。





< 83 / 141 >

この作品をシェア

pagetop