天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
さようなら、私の愛しい御方。どうかおげんきで。
青藍が生まれて十日が過ぎました。
青藍は相変わらず泣き虫の甘えん坊で、今日も朝から大きな声で泣いていました。
それというのも渡殿をハイハイしていたら蝶がひらひらと横切り、それを追いかけようとしたら目の前にカエルがいてびっくりしたのです。
『うえええええん! あうあ〜、あうあ〜!』と必死に助けを呼ぶ泣き声が朝から響いたというわけでした。
しかし朝から青藍が泣いたからといって一日が変わるわけではありません。
黒緋と紫紺は鍛錬に行き、萌黄は公家の歌合に招待されているとかで御所へ行きました。私は泣いている青藍をあやしながら三人を見送ったのです。
青藍を帯紐でおんぶしながら炊事をします。おんぶしていると安心するのか機嫌が良くなってくれるので助かりますね。
今は井戸水でゴボウを洗っていました。
泥だらけのゴボウですが、ごしごし洗っていくと綺麗になっていくのが気持ちいいです。
「あうあ〜、あ〜」
「はいはい、そうですね。もうちょっと待っていてくださいね」
「ばぶぶ、あうー、あー」
「わっ、冷たい。水が飛んできました」
「あいあ〜、あぶぶ」
私は背中の青藍とおしゃべりしながらゴボウを洗います。
泥水が跳ねて着物や顔が汚れてしまいましたがゴボウはちゃんと綺麗になりましたよ。しっかり洗わなければ料理の中に砂が入ってしまいますからね。
こうしてゴボウを洗い終わると料理作りがひと段落します。今までならここで休憩をするのですが、青藍が生まれてからすべきことが増えました。
私は土間と続きになっている板間におんぶしていた青藍を降ろします。そして離れた場所に立つと青藍に向かって呼びかけました。
「青藍、こっちですよ! こっち、こっちです!」
両腕を広げて呼びかけると青藍が嬉しそうにハイハイしてきます。
私のところにきた青藍を抱っこで迎えましたが、すぐに置くと私は反対側に行ってまた呼びかけました。
「青藍、次はこっちですよ! ほらほら、こっちです!」
こっちこっちと呼びかけると青藍はまたハイハイで私のところに来てくれます。
そう、こうしてハイハイさせることで私は青藍を鍛えているのです。
最初は青藍も遊んでいると思って楽しそうにハイハイしていましたが、板間を五周ほどした時……。
「あう〜〜……」
ぴたり、青藍が立ち止まりました。
青藍の瞳がうるうる潤んで、小さな下唇をきゅっと噛みしめます。遊んでいるわけじゃないと気づいたようです。
「気づかれてしまいましたか……」
「あぶぶっ、あぶ〜!」
青藍が怒ってしまいました。
ハイハイは断固拒否とばかりに座り込んで、もう動こうともしません。
私は青藍の前に正座しました。
正座でぴんっと背筋を伸ばし、お座りした青藍と対峙します。
生意気にも青藍はぷーっと頬を膨らませて怒っているんだと訴えてきました。でもね、私だってあなたには言いたいことがたくさんあるのですよ。