天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ああ、ただいま。ついてるぞ」
黒緋が私の頬についていた土を指で拭ってくれました。
今さらながらに恥ずかしくなってしまいます。やっぱり着替えてくれば良かったです。
「みっともない姿をお見せしました」
「気にしていない。いつもありがとう」
「黒緋様……」
優しい黒緋にくすぐったい気持ちになりました。
今日は立派なゴボウが手に入ったのでおいしい煮物が作れたのです。それを伝えれば喜んでくれるでしょうか。
「黒緋様、今夜の夕餉は」
その時、――――カタンッ。正門の前に牛車が停車しました。萌黄が帰ってきたのです。
気づいた黒緋が「また後で」と私の話しを遮って、正門に迎えに行きました。
「おかえり、萌黄」
「ただいま帰りました」
牛車から降りてきた萌黄を黒緋が出迎えます。
今日の萌黄は公家の歌合に招待されていたのでいつもより華やかな衣装を着ていました。それはまるで高貴な姫君のよう。この衣装は歌合に参加する萌黄のために黒緋が用意したものでした。
萌黄の姿に黒緋が目を細めます。
「綺麗だな。よく似合っている」
「ありがとうございます。天帝のおかげで歌合の時も恥ずかしい思いをせずにすみました」
「斎王がなにを言う。誰がなにを纏っていようと、斎王の神気の輝きに勝るものはない」
「勿体ないお言葉です。でも歌合の時は緊張して頭が真っ白になっていました」
「ハハハッ、その姿も見たかった。また俺に歌を聞かせてくれ」
「天帝にお聞かせできるような歌が作れるか心配ですが、ぜひ」
萌黄が畏まってお辞儀しました。
次に萌黄は私を振り向きます。
「ただいま、鶯」
「おかえりなさい、萌黄。上手くいきましたか?」
「うん、なんとか。斎宮で和歌の勉強しといてよかったよ」
「大変でしたからね」
斎王は神事のほかに教養も身につけなければなりません。
萌黄は小さな村の貧民出ですが、斎宮での厳しい教育のおかげで今ではどこに出しても恥ずかしくないような所作や教養が身についているのです。
黒緋が萌黄に優しく微笑みかけました。
「萌黄、疲れただろう。少し休むといい」
「ありがとうございます」
黒緋が手を添えて萌黄を寝殿へと促します。
それを受ける萌黄の所作も洗練されていて、天帝と並ぶ姿はまるで、まるで……。
「鶯」
ふと黒緋に呼ばれました。
萌黄と連れたって行ってしまう前に私を振り返ってくれます。
「鶯、さっきの続きはなんだ?」
……優しいですね。
私と話している途中だったのを覚えていてくれたんですね。
私は首を横に振りました。顔に笑みを貼りつけて答えます。
「いいえ、なにもありません。なにもありませんよ」
立派なゴボウが手に入ったんです。
おいしいゴボウの料理が作れたんです。
夕餉を楽しみにしていてくださいね。
言いたいことはたくさんありました。でもどれも口にできませんでした。
今、連れたって歩く二人にそんなことは言えなかったのです。
……ああやっぱり着替えてくれば良かったです。そうしたらこんな気持ちにならずに済んだでしょうか。
馬鹿みたいに汚れた着物を着て、顔も土に汚れて。馬鹿みたいに……。
「夕餉までまだ時間がありますから、萌黄は少し休んでいるといいですよ」
そう言うとさりげなく黒緋と萌黄から目を逸らしました。
目の前の二人がまるで届かないもののように見えたのです。
「ああ、ただいま。ついてるぞ」
黒緋が私の頬についていた土を指で拭ってくれました。
今さらながらに恥ずかしくなってしまいます。やっぱり着替えてくれば良かったです。
「みっともない姿をお見せしました」
「気にしていない。いつもありがとう」
「黒緋様……」
優しい黒緋にくすぐったい気持ちになりました。
今日は立派なゴボウが手に入ったのでおいしい煮物が作れたのです。それを伝えれば喜んでくれるでしょうか。
「黒緋様、今夜の夕餉は」
その時、――――カタンッ。正門の前に牛車が停車しました。萌黄が帰ってきたのです。
気づいた黒緋が「また後で」と私の話しを遮って、正門に迎えに行きました。
「おかえり、萌黄」
「ただいま帰りました」
牛車から降りてきた萌黄を黒緋が出迎えます。
今日の萌黄は公家の歌合に招待されていたのでいつもより華やかな衣装を着ていました。それはまるで高貴な姫君のよう。この衣装は歌合に参加する萌黄のために黒緋が用意したものでした。
萌黄の姿に黒緋が目を細めます。
「綺麗だな。よく似合っている」
「ありがとうございます。天帝のおかげで歌合の時も恥ずかしい思いをせずにすみました」
「斎王がなにを言う。誰がなにを纏っていようと、斎王の神気の輝きに勝るものはない」
「勿体ないお言葉です。でも歌合の時は緊張して頭が真っ白になっていました」
「ハハハッ、その姿も見たかった。また俺に歌を聞かせてくれ」
「天帝にお聞かせできるような歌が作れるか心配ですが、ぜひ」
萌黄が畏まってお辞儀しました。
次に萌黄は私を振り向きます。
「ただいま、鶯」
「おかえりなさい、萌黄。上手くいきましたか?」
「うん、なんとか。斎宮で和歌の勉強しといてよかったよ」
「大変でしたからね」
斎王は神事のほかに教養も身につけなければなりません。
萌黄は小さな村の貧民出ですが、斎宮での厳しい教育のおかげで今ではどこに出しても恥ずかしくないような所作や教養が身についているのです。
黒緋が萌黄に優しく微笑みかけました。
「萌黄、疲れただろう。少し休むといい」
「ありがとうございます」
黒緋が手を添えて萌黄を寝殿へと促します。
それを受ける萌黄の所作も洗練されていて、天帝と並ぶ姿はまるで、まるで……。
「鶯」
ふと黒緋に呼ばれました。
萌黄と連れたって行ってしまう前に私を振り返ってくれます。
「鶯、さっきの続きはなんだ?」
……優しいですね。
私と話している途中だったのを覚えていてくれたんですね。
私は首を横に振りました。顔に笑みを貼りつけて答えます。
「いいえ、なにもありません。なにもありませんよ」
立派なゴボウが手に入ったんです。
おいしいゴボウの料理が作れたんです。
夕餉を楽しみにしていてくださいね。
言いたいことはたくさんありました。でもどれも口にできませんでした。
今、連れたって歩く二人にそんなことは言えなかったのです。
……ああやっぱり着替えてくれば良かったです。そうしたらこんな気持ちにならずに済んだでしょうか。
馬鹿みたいに汚れた着物を着て、顔も土に汚れて。馬鹿みたいに……。
「夕餉までまだ時間がありますから、萌黄は少し休んでいるといいですよ」
そう言うとさりげなく黒緋と萌黄から目を逸らしました。
目の前の二人がまるで届かないもののように見えたのです。