天妃物語 〜鬼討伐の条件に天帝の子を身籠ることを要求されて〜
「……鶯はほんとうに……いいの?」

 その言葉に私の顔が強張(こわば)りました。
 でもすぐに平静を(よそお)い、いつもと同じ口調で聞き返します。

「なんのことです?」
「……とぼけないで。紫紺様と青藍様は天帝と鶯の子どもだよね。それって、……鶯は天帝が好きだから作ったんじゃないの?」
「バ、バカなこと言わないでくださいっ。私は黒緋様と取り引きして子どもを作ったんですっ。天妃探しに協力しただけですよ!」

 強い口調で言い返しました。
 嘘です。最初は取り引きのつもりだったけれど、そんな理由はすぐに変わってしまいました。私は黒緋の側にいるために子どもを望んだのですから。
 でもそれは言いたくありませんでした。せめてもの意地です。

「鶯、それは本当なの? それでいいの?」
「それ以外になんの理由があるというのです」

 私は萌黄を(にら)むように見つめます。
 お願いだから、これ以上私を(みじ)めにしないでください。お願いだから。
 それなのに萌黄は続けてしまう。

「天帝は私といる時、鶯の話をよくするの。とても楽しそうに鶯のことを話してくださるの」
「っ、やめてください!!」

 思わず大きな声をあげました。
 突然のそれに萌黄がびっくりして目を丸めます。
 そんな萌黄に胸がチクリと痛んだけれど、(たかぶ)ったまま続けてしまう。

「あなたは天妃です! 黒緋様があなたを天妃だと言ったんです! それが真実でしょう、だからっ」

 それ以上は、と私は唇を噛みしめる。
 これ以上は()えられませんでした。
 どんなに耳に心地よくても、心を(なぐさ)めるものでも、結局私を(みじ)めにするだけの言葉なのです。
 萌黄に悪意はないと分かっています。私が勝手に傷ついているだけだと分かっています。でも今は、今だけは許してほしい。

「……怒鳴ってごめんなさい。失礼しました」

 私は床の間から飛び出しました。
 逃げるように立ち去る私に萌黄が「鶯!」と呼び止めます。
 でも振り返りません。
 萌黄を振り切って渡殿を小走りで駆けます。
 (うつむ)いて自分の足だけを見つめ、誰にも会わないようにしながら自分の部屋に戻りました。
 寝床に(もぐ)り込んでぎゅっと目を閉じ、耳を(ふさ)ぐ。
 もうなにも見たくない。聞きたくない。考えたくない。
 今夜あの寝床で行なわれる黒緋と萌黄の(ちぎ)り。
 想像するだけで全身が震えて()()すらこみあげる。
 (みにく)い感情が渦巻(うずま)いて、胸を()きむしりたくなる。
 頭が()れそうなほど痛い。
 私は唇を強く噛みしめました。
 血が(にじ)むほど噛みしめ、漏れそうになる嗚咽を朝まで耐えました。




< 99 / 141 >

この作品をシェア

pagetop