愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 清隆は雅の腰に軽く手を回し、反対の手で優しく雅の頭を撫ではじめる。清隆の瞳が甘くて、雅の心も甘くなる。そのままぼーっと清隆を見つめていれば、清隆は甘い表情のまま、なんとも難しいことを言いはじめた。

「雅。どうかこれからはもっと自由に思ったことを言ってほしい。自分がしたいと思うことは遠慮なく口にしてほしい。反対に嫌なことは、はっきり嫌だと言ってほしい」

 自分がしたいことを口にするのはともかく、雅に何かを否定することはできない。いや、許されていない。雅の中にはそういう考えが根づいているから、清隆の言葉に頷けない。

 けれど、否定をすることもできないから、どちらの答えも選べなくて困っていれば、清隆は少しだけ眉尻を下げた笑みを浮かべながら、雅に不思議な提案をしはじめた。

「わかっている。今の君には簡単なことではないとわかっている。だから、少しずつ練習していこうか」
「練習?」
「ああ。君が君の想いを口にする練習だ。雅、次の行き先は決めていないんだ。だから、君に決めてほしい。次はどこに行きたい?」

 清隆の気遣いが真っ直ぐに伝わってくる。雅が言いやすい範囲で雅の想いを聞き出そうとしてくれているのだ。彼の想いがとてつもなく嬉しい。

 その想いに応えたいと思うが、知らない土地では行き先を決めるのも難しく、雅が迷いを見せれば、清隆はさらに雅を気遣ってくれる。

「またドライブをするか? それとも観光でもしに行くか? あるいは、別荘に戻ってゆっくり過ごすか? 雅は何がしたい?」

 雅が答えやすいように選択肢を与えてくれる。これならば、雅にだって答えられる。

 自分のしたいことを口にするだなんて、もうずっとずっとしてこなかったから、すぐには声が出なかったけれど、清隆はちゃんと雅が答えを出すのを待っていてくれたから、雅はきちんと正直な気持ちを答えられた。

「……別荘に戻って、清隆さんと過ごしたい、です」
「わかった。そうしよう。車まで戻るのに手は繋ぐか?」
「……繋ぎます」

 すぐさま手を握られて、自分の要望が叶う。こんなに甘やかされては、いずれ我儘になってしまいそうで怖いが、自分の願いを聞き入れてもらうのはこれ以上ないほどに満たされるものであった。
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