愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 雅の待ち人が現れたのは、雅がここへ到着してから一時間ほどが経過した頃だった。

「姉さん!?」

 自分の家の前に立つ雅を見て、誠一郎が驚きの表情を浮かべながら走り寄ってくる。

 その誠一郎の顔を見た瞬間、雅は安堵感から一気に体の力が抜けた。

「ごめんなさい。突然来てしまって」
「それは全然構わないけど。いったいどうして……いや、とにかく中に入ろう」

 すぐに鍵を開けて中へ促してくれる誠一郎に従い、雅はその家の中へと足を踏み入れる。外観から予想していた通り、やはりメゾネットタイプらしい。家の中には二階へと続く階段があった。一階がリビングになっているから、おそらく二階に個室があるのだろう。

 誠一郎は「そこに座ってて」と言って、リビングの座卓の前へと案内してくれる。雅がお礼を言いながら示された場所へ座れば、誠一郎はすぐにキッチンへと向かってしまった。

 雅がこの家を訪れるのは今日が初めてで、家具なども見覚えのないものばかり。誠一郎が好みそうなインテリアはあれど、実家にあったものとは異なる。けれど、なぜだかこの場所は実家よりも落ち着くように感じられた。この家に住んでいるのが誠一郎だからなのかもしれない。

 数分すると誠一郎はマグカップを手に戻ってきた。二つのうちの一つを雅へと差し出してくれる。「ありがとう」とそれを受け取ってみれば、マグカップの中には温かいミルクココアが入っていた。それを一口飲めば、ココアの甘さと温かさが体に染み渡って、雅を癒していく。数時間前の出来事でひどく強張っていた心が解れていく。そうして心が解れていけば、雅の目からはとめどなくぽろぽろと涙がこぼれ始めた。

 こんなふうに突然泣き出しては誠一郎を困らせてしまうと頭ではわかっていても涙は止まらない。しゃくり上げるような声まで出てしまう。

 自分ではどうにもできなくて、ただただ泣き続ける中、誠一郎は静かに寄り添っていてくれた。
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