愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
第七章 望む未来
 見知らぬ男に連れてこられたのは、とあるマンションの一室。促されるままに中へ足を踏み入れれば、雅を出迎えたのは意外な人物であった。

 雅を笑顔で出迎えるその人物のことは結婚前から知っている。エンリッチの社長秘書という肩書で。なぜ社長秘書の滝田がこんなところで雅を出迎えているのか。後ろにいる男性二人とはどういう関係なのか。いろいろと疑問が浮かぶが、背後の男性の威圧感が強くて、雅は何も訊けなかった。

 滝田は柔らかい笑みを浮かべたまま、特に何も話さず、仕草だけで雅を誘導する。見知らぬ家に上がり込むのはとても不安だが、少なくともこの滝田からは敵意のようなものは感じられなかったから、雅は大人しくその誘導に従った。


 滝田は迷いなく廊下を進んでいき、一つのドアの前に立つ。そのドアを徐に開けた滝田は、自分はその中には入らず、雅が先に中へ入るよう手で指し示してきた。

 雅が戸惑いながらもゆっくりとそのドアを通過しようとしたその瞬間、極々小さな声で「少しだけ辛抱を」という言葉を滝田が口にした。

 雅はそれに思わず反応しそうになったが、雅の体はもうドアの先まで進んでおり、雅の目には驚きの光景が飛び込んできていたから、結局滝田の言葉に反応することはなかった。
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