愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
「さあ、始めようか、私たちのための儀式を。雅さん、まずはこれにサインをしなさい」
「っ!」

 浩二が差し出してきたその薄い紙に雅は思わず息を飲みこむ。義母に言われたことを考えれば、その紙――離婚届を渡されるのは当然のことなのかもしれない。

 しかし、この男がそれを差し出してくるのは明らかにおかしいだろう。清隆の父である善一(ぜんいち)が渡してくるならまだしも、叔父である浩二が雅にそれを求めるのは普通ではない。

 理解できない今の状況への困惑と、清隆との別れへの拒絶とで、雅が呆然とその紙を眺めるだけで何もできないでいれば、痺れを切らしたように義母が強い口調で詰めてくる。

「あなたは清隆にはふさわしくないのよ。役目を果たせなかったのだから、早くサインなさい」
「まあまあ、そう急かさず。まだ大事なことを伝えていない」

 浩二はとても柔らかく義母を諭しているが、そんな姿を見ても、なぜだか清隆とは違って不快感は消えてなくならない。恐怖から未だ身を固くしていれば、浩二は変わらずに楽しそうな笑みを浮かべたまま、薄い紙をもう一枚雅の前へ広げてきた。

「こちらにもサインをしなさい。これはすぐに出せるわけではないが、君には先に契約をしておいてもらうよ」
「……どう、して」

 離婚届以上に恐ろしいものが目の前に置かれている。婚姻届と左上に記されたそれには、すでに夫になる人の欄が記入されており、その名は目の前にいる浩二のものであった。

 浩二は妻になる人の欄をトントンと叩いて、そこへサインをするよう求めている。

 これを提示されれば、もう言葉で説明されなくてもわかる。雅を清隆と離婚させて、この浩二と再婚させるつもりなのだ。

 愛する清隆と別れさせられるどころか、清隆とは別の人と結婚させられるだなんて、これ以上の絶望があるだろうか。

 雅はあまりのショックに軽いめまいを感じて思わず手で顔を抑える。
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