愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 床に倒れた雅に男が馬乗りになって罵声を浴びせている。

『どうしてこんな簡単なことができない! 何度言えばわかるんだ! この出来損ないがっ!』

 強く頬をぶたれる感触や首を絞めつけられる感触が生々しく蘇ってくる。

 痛い。苦しい。息ができない。

 記憶のそれとリンクして現実の雅の呼吸もおかしくなる。

(怖い。ごめんなさい。助けて)

 心の中でそれを祈れば、別の場面が浮かんでくる。雅とは違う別の女性が同じ男に引き倒されている。

静子(しずこ)! お前のせいだぞっ! 女しか産めないようなお前の産んだ子だから、こんなにも出来が悪いんだ。お前らが生きていられるのは誰のおかげだと思っている! お前は跡継ぎを産めなかったんだから、せめてこいつの教育くらいはまともにやれっ!』

 母・静子が父に罵倒されながら、ひどく痛めつけられている。父は雅にした以上に母に強く当たる。

 それは子供の頃に繰り返し父から受けていた躾の光景であった。少しでも雅に気に入らないところがあると、雅と母はとある部屋へ閉じ込められ、父の気が済むまで躾けられたのだ。
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