愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 だから、突然蘇ってきたその記憶に、雅は激しく動揺し、自分を制御できなくなってしまった。上手くいかない呼吸に震える体。ただただ父の残像が浮かんで恐怖に支配される。父に必死に謝るがその姿は消えてなくならない。

 どこからか父ではない誰かの声が聞こえるような気もするが、それを認識する力は今の雅にはない。恐怖でガタガタと体を震わせていれば、突然自分の上半身が起き上がった。いや、起き上がらされたのだ。

「おい。どうした?」

 微かに耳に届いたその声に導かれるように視線を声のほうへ向ければ、眉根を寄せた清隆の顔があった。周囲を見渡せば、そこは記憶とはまったく異なる場所。今ここにはどこにも父の姿などないのだと脳が理解していく。

 そうすれば雅は徐々に落ち着きを取り戻し、どうにかこうにか清隆へ向かって言葉を吐きだした。

「すみ、ません」
「いや、いい。今日はやめておこう。自室へ戻る」

 清隆はそれだけ言うとすぐに寝室を出ていった。

 残された雅は恐怖からか、安堵からかわからない涙を一筋こぼした。
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