愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 時は遡り約一年半前。雅が二十四歳の誕生日を迎えて間もない頃。雅にその運命を告げたのは雅の父・笹崎勇(ささざきいさむ)だった。

「お前の嫁ぎ先が決まった。エンリッチの創業一族である加々美(かがみ)家の跡取り息子、加々美清隆。それがお前の結婚相手だ」

 あまりにも格の違うその相手に、雅は軽く息を飲みこむ。

 エンリッチは国内最大手のアパレル会社だ。プチプラからハイブランドまで複数の有名ブランドを生み出し、いずれも強い人気を博している。企業価値は今なお右肩上がりで、この業界でエンリッチの右に出るものはない。

 そんな会社の創業一族の人間が相手ともなれば、よほどの家柄の出か、大企業の令嬢でもなければ釣り合いが取れないだろう。とても笹崎家なんかが縁続きになれるような相手ではない。

「わかっているだろうが、エンリッチとの提携は笹崎紡績にとってまたとないチャンスだ。絶対に成し遂げなければならない。この結婚は両社の結びつきを強くするために取り決めたものだ。当然、お前の結婚に失敗は許されない。わかっているな?」

 雅は想像を絶するその相手に怖気づくが、父に逆らえるはずもなく、ただ静かに「はい」とだけ答えた。もとより雅が笹崎紡績のために、どこかへその身を差し出すことはずっと前から決まっていた。女である雅は跡を継ぐことを許されていない。結婚によって、笹崎家、そして笹崎紡績へ良縁を持ってくることだけが雅に求められていることだった。
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