愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
「君のその表情は初めてだな。何をそんなに驚く?」
「大したことはしておりませんので」
「君は自分の価値をよくわかっていないのだな。君の今日の振る舞いは大したものだった」

 清隆はそう述べながら、雅に対して柔らかい笑みを見せてくる。これまでに数回だけ、彼が雅に対して笑みを向けてくれたことはあったが、それはいずれも納得がいったという表情であって、こんなふうに柔らかな笑顔を向けられたことはない。

 清隆が自分に対して優しい表情を向けているのが信じられなくて、雅はさらに驚きが隠せなくなる。

「今の君はよく表情が動くな。君の内側を知るのは面白い」

 清隆はその台詞を口にした直後、雅との距離を詰め、雅の肩に触れてくる。突然のことに雅は硬直して動けない。そんな雅に構わず、清隆はさらに雅へと近寄る。

 そして、清隆は少しだけ屈むようにすると、雅の額へと軽い口づけを降らせてきた。数秒軽く押し当てるだけの優しいキスだ。その、まるで愛してくれているかのような清隆の行動に、雅はもう動揺を隠し切れない。

 一方の清隆はおかしそうにくすりと笑うと、
「今日は本当に助かった。ゆっくり休んでくれ」
とだけ言い残し、軽く雅の頭を撫でてから自室へと消えていった。

 想像もしていなかった清隆の優しい態度に、雅は強く自身の感情を揺さぶられてしまい、もう自分の体を制御する力も失って、へなへなとその場に座り込んだ。

(鼓動がおかしい……胸が苦しい)

 雅はしばらくの間、胸を押さえて座り込んでいた。
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