愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 笹崎紡績は雅の祖父が一代で築き上げた紡績会社である。人望の厚い人であった祖父は、一から始めたにも関わらず、複数の縁に恵まれて、その紡績事業を見事に軌道に乗せ、安定した紡績会社へと成長させた。父がこの紡績会社で働きはじめる頃には地元では有名な会社にまでなっていた。とはいえ、当時はまだ町工場の域は出ておらず、町工場としては大規模といった程度だ。

 そんな笹崎紡績をさらに大きな会社へと押し上げたのが雅の父だ。紡績事業だけにとどまらず、自ら作り上げた糸で織布にまで乗り出した。父が独自に編み出した製法により、ほどよい強度を保ちつつ、断熱効果に優れた生地の製造に成功し、笹崎紡績は一気にその知名度を上げたのだ。特殊な素材は使わず、織り方を工夫することで上手く空気を含ませ、高い断熱効果を生み出したその生地は、衣料メーカーの興味を強く引いた。複数のメーカーとの取引が生まれ、笹崎紡績はその業界内ではかなりの大手へと変貌を遂げたのである。

 しかしながら、笹崎紡績がそれほど好調だったのも雅がまだ小学生に上がる前の話だ。雅が小学生になる頃には、すっかりとその勢いをなくし、笹崎紡績は頭打ちの状態が続くようになった。父は職人および開発者としては優れていたが、経営の才はなく、会社が抱える技術を上手く活用しきれないでいたのだ。

 祖父とは違い、父には大した人望もない。そんな父では、自分一人でいい縁を引き寄せることもできず、現状維持が精一杯。野心的な父はもっと会社を拡大するつもりでいたが、自分の力では思うようにいかない。そうして父は次第に雅にその役割を求めるようになっていった。女である雅は跡取りにはなれないのだから、せめて結婚によって笹崎紡績へいい縁を持ってこなければならないと、雅に幾度も言い聞かせてくるようになった。
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