愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
「落ち着いたか?」
「はい」
「うん……君がああなるのはなぜなんだ? 普通の怖がり方ではないだろう?」

 その問いに思わず体がびくりと跳ねる。原因となった出来事に心当たりはあれど、どうして自分がこうなってしまうのかは自分にだってわからない。勝手に恐ろしい記憶が蘇って、普通でいられなくなってしまうのだから。

「そんなに私が怖いか?」
「違います」

 慌てて首を振って否定する。行為に対する恐怖心はあっても、今の清隆に対してはもうほとんど恐怖心は抱いていない。先程も無理やりではなかったし、口づけも怖くはなかった。

「では、何かトラウマが?」
「っ」

 雅は思わず息を飲んだ。核心をつくその問いに動揺を隠せない。あの記憶が脳裏をかすめていき、一瞬呼吸が乱れる。

「悪い。怖がらせるつもりはない。本当に悪かった。もう自室へ戻ってゆっくりしなさい」

 雅を気遣ってくれるその言葉が嬉しい。けれど、もう見放されてしまったかもしれないという不安に胸が締め付けられる。

「申し訳ありません」
「謝る必要はない。安心して休め」

 雅はその言葉を聞くと、清隆に謝罪の意を込めて一度頭を下げてから自室へと移動した。

 せっかく機会を与えてもらったというのに、またも自分からそれをふいにしてしまうだなんて、情けなくてたまらない。

 清隆は贈り物までして雅に心を砕いてくれたというのに、それに応えられない自分が不甲斐なくて、雅はしばらくの間、声を潜めて泣いていた。
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