愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
第三章 義務ではなく
「雅、おはよう」
「おはようございます」

 無感情にしか見えなかった清隆の表情は、今やとても柔らかく、優しい心持ちであることがわかる。清隆のほうから挨拶をしてくれるのもすっかり定番となった。


 二度目の失敗をしたあの日の翌日。贈り物までしてくれた清隆に対して、自分はなんてひどい態度を取ってしまったのかと、雅は強い後悔の念に駆られていた。

 自分の意志でそうなったわけではなくても、いざそのときになってあんなにも取り乱せば、雅がそれを拒否していると思われたってしかたがないだろう。しかも、雅のその態度の理由を訊いてくれる清隆に対して、雅は何も答えられなかった。もう見捨てられたってしかたないと思った。

 けれど、リビングで顔を合わせた清隆は、優しく「おはよう」と声をかけてくれて、さらには、清隆のほうから「昨日は悪かった」と謝罪をしてきた。何の非もない清隆が謝罪してくるものだから、雅は慌てて謝罪し返したのだ。

 そんな雅に清隆は、「気にしなくていい」と優しい表情をしながら返してくれた。

 清隆のその表情から、彼が本当に雅のことを責めてはいないのだと伝わってきて、雅はなんだか泣きたくなってしまうような何とも言えない気持ちを抱いた。

 雅を気遣ってくれる優しさが嬉しくて、でも、つらかった。罵られるのには慣れていても、優しくされることには慣れていないのだ。上手くできない自分への苛立ちが大きくなって、それがとても苦しかった。

 その複雑な感情は簡単にはなくならなくて、雅が後悔の気持ちを引きずる中、なぜだか清隆との関係は不思議な変化を見せていった。
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