愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 雅は常々聞き分けのいい人だと思っていたが、自分の時間すら捧げていただなんて、さすがに度を越している。

 そもそも雅がそんなことをする必要はないのだ。確かにある程度の知識はあったほうが、社交で役立つこともあるだろうが、会社の人間ではない雅にそこまでを求める人はいない。清隆の妻というだけなのだから、最低限のことさえわかっていればいいのだ。

 雅の清隆のためにという気持ちは嬉しいが、自分を犠牲にしてまでされては切なくなる。妻を虐げる夫にでもなったかのようで面白くない。

 最初に雅のことを蔑ろにしていたことはわかっているが、それでも妻に自由な時間も与えないような傲慢な人間になったつもりはなかった。

 どうも雅の常識というのは世間一般のそれとかなりずれているようだ。おそらく雅はそれを自覚していない。妻は夫のためにあるとでも思っていそうだ。

 そんな古臭い価値観など清隆は持っていない。世間一般だってそうだろう。

 それぞれ一人の人間なのだから、自分の考えを持っていていい。それを消さなくたっていい。立場上許されないことはあるだろうが、すべて自分に従えだなんてそんなことは思っていない。

 だが、それを雅に真正面から説いてもきっと伝わらないだろう。彼女の常識を覆さなければわかってはもらえない。

 おそらくそれには長い時間がかかるのではないかと思うが、雅の心に触れるためなら、いくらでも付き合おうと思っている。

 ごく稀にではあるが、最近の雅は作った表情ではない本心の顔を見せてくれることがあるから、きっとできないことではない。雅が自分の想いを素直に語れるようになる日はきっとやってくる。そして、いつか訊いてみたい。雅の清隆に対する想いを。
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