愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 誠一郎が帰ると、雅は自室でレース針に触れながら懐かしい思いに浸っていた。

 母が編みはじめるそれは、最初はただの小さな糸の塊にしか見えないのに、だんだんときれいな模様が浮かびはじめ、最後には美しい柄の作品が出来上がっていた。本当に魔法みたいで面白かった。

 母に教わってからは、空いた時間ができるといつもレース編みをしていた。自分も魔法使いになれたようで楽しかった。父に見つかってはいけないから、そうたくさんの時間が取れたわけではないけれど、何年もやり続けていれば、それなりに上達した。そうして上達すれば、もっともっと楽しくなった。

 結婚を機に、レース編みへの思いは断ち切ったつもりでいたけれど、道具に触れていれば編みたい気持ちがむくむくと湧いてくる。今すぐにやってみたくなるが、清隆が働いているときに、自分だけ趣味を楽しむのは憚られて、雅はただ懐かしむにとどめた。
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