愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 それから数日が過ぎ、休日がやってきた。清隆が自宅で過ごしていることを確認した雅は、今日ならば問題ないだろうとようやくその道具を手に取った。

 しばらく触っていなかったけれど、手にしてしまえばあとは指が覚えている。やはり編みはじめると楽しくて楽しくてしかたない。時間も忘れて夢中になってしまう。

 そうしてしばらくの間、夢中になって趣味に勤しんでいれば、突然部屋のドアがノックされて、雅はびくりと肩を跳ね上がらせた。

 扉の向こうから「雅」という清隆の声が聞こえる。

 雅は慌てて出していたレース編みの道具をしまうと急いで部屋のドアを開けた。清隆の姿が目の前に現れる。

「今いいか?」
「はい」
「君が嫌じゃなければ、一緒にリビングで過ごさないか?」
「え?」

 清隆が発した言葉ははっきりと聞こえていたけれど、彼がそれを言う意図が理解できなくて、雅は疑問の声を発してしまった。

 自分には干渉しないでくれと言っていたのに、一緒に過ごすだなんて、清隆の邪魔にならないのだろうかとそう思ってしまう。

 雅がすぐに答えないからか、清隆はさらに言葉を続ける。

「君は君の好きなことをしてくれていい。私も好きに過ごす。ただ同じ空間で一緒に過ごしてみないか?」

 ますます意図がわからないが、なんだかとても贅沢なことを提案されているような気がして、不思議と嬉しくなる。本当にいいのだろうかという迷いはまだあるが、それでも清隆のその提案を受け入れてみたくて、雅は小さく「はい」と返事をした。

「では、必要なものを持ってリビングに来てくれ。ただし、勉強は禁止だ。本当に君がしたいことをしなさい」

 清隆のその言葉に雅は悩む。素直に従うなら、つい先ほどまでやっていたレース編みの道具を持っていくことになるのだろうが、本当にそれを見せてしまってもいいのかという不安がある。父のように、清隆がそれを快く思わなかったらどうしようと思ってしまったのだ。

 雅はどうするのが正解なのかわからず、少しの間悩んでいれば、清隆がくすりと笑いをこぼした。

「何をそんな困った顔をしている? 別に何でもいい。何をしても私は君を咎めたりしない」

 清隆のその言葉と表情があまりにも優しくて、雅は自然と頷いていた。
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