愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 清隆が帰ってくる時間まで趣味に耽っていたのだと気づいて、雅は慌ててその場に立ち上がり、清隆へ頭を下げる。

「お帰りなさいませ。すみません、すぐに片づけます」
「いい。私が帰ったからといって、慌ててやめる必要はない。好きに過ごしていいと言っただろう?」

 この人は本当に優しい人らしい。清隆の優しすぎる言葉に、雅は胸がいっぱいになる。

「はい、ありがとうございます。ですが、もう完成したところですから」

 そう伝えてすぐに片づけはじめれば、清隆は雅のすぐ間近へとやってきた。

「待ってくれ。完成したものを私に見せてくれるか?」

 素人の作品を見せるのもどうかと思ったが、求められればやはり断ることはできなくて、雅は恐る恐る今作り上げたばかりの大きなドイリーを清隆へと差し出す。

「見事だな。この抜き加減がいい。とても繊細で美しい。君にはこういう才能もあるんだな」

 あまりの褒めように雅は慌てて首を振る。

「いえ。母のほうがずっと素晴らしい腕前を持っていますから」
「そうか。だが、君も十分すごい。私の目を疑うのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「自信を持ちなさい。本当に素晴らしいから」

 彼の真っ直ぐな瞳が、柔らかい微笑みが、彼の言葉を素直に受け取ってもいいのだと教えてくれる。

 自分の作品はまだまだ母の足元にも及ばないとわかっているが、それでもほんの少しだけ自分のことも認めてもいいかもしれないと思えた。

 そして、そう思えば、素直な言葉がこぼれ落ちる。

「ありがとうございます。清隆さんにそう言っていただけて、とても嬉しいです」
「ああ。最近の君は少しだけ心を覗かせてくれるようになったな。私はもっと君のことが知りたい」

 清隆がさらに雅へと近づき、雅の頬へ優しく触れてくる。清隆の瞳はじっと雅の瞳を見つめていて、雅も同じように彼から目が離せない。体の中をざわざわと何かが這っていくような感じがする。今のこの時間が終わってほしくなくて雅は少しも動けない。

 けれど、清隆の手がゆっくりと雅から離れていくのがわかって、雅は慌てて彼の手へ自分の手を重ねた。無意識にそうしていた。
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