愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 そのまま清隆から与えられるものをじっと受け入れていれば、清隆は雅の髪を撫で梳く手はそのままに、いつものお決まりの質問を口にしてくる。

「今日も怖くはなかったか?」
「はい」
「そうか」

 清隆は雅の回答に満足そうに微笑む。このやりとりをするたびに、雅は切なく胸が疼く。

 初めて体を重ねたときにもそうだったが、それ以降も体を重ねたときには必ずこの質問を投げかけられる。とても大切に扱われているのが嬉しくて、でも、その質問をさせてしまう自分が不甲斐なくて、いつも切なくなるのだ。

 あの日以来、雅は一度もあの強い恐怖心に襲われてはいない。清隆が恐怖の対象ではないと認識できているからということもあるだろうが、何よりも清隆がそうならないよう気遣ってくれていることが大きいと思う。

 何しろ清隆はあれ以来、雅を押し倒すような体勢を徹底的に避けているのだ。雅自身、その体勢が雅をそうさせているかの確信はないのだが、清隆はどうやらそう結論づけたらしい。

 雅を抱くときには、初めてのときと同じように、いつも雅を清隆の上に乗せてくる。決して覆いかぶさるような体勢には持ち込まない。

 今の体勢だってそうだ。雅を怖がらせないためにそうしている。それは雅の憶測なんかではない。そうだとわかる出来事が一度だけあったのだ。

 二人して並んでベッドに横になっているときに、清隆が軽く体を起こして雅に口づけてきたことがあった。そのときに、清隆は突然ハッとした表情になったかと思うと、慌てて雅が清隆の上にくるように体勢を変えて、「怖くなかったか」と心配そうに尋ねてきたのだ。

 一瞬のことで雅は恐怖を感じる暇さえなかったのだが、やたらと心配そうに見つめてくる清隆を見て、清隆が雅のことを気遣ってくれていたのだと気づいた。

 本当に大切にされすぎて、雅の心はもうずっと疼いてやまない。

 ただの政略結婚の相手に、こんなにも心を砕いてくれる清隆に対して、雅はどうやったら同じものを返せるのだろうといつも頭を悩ませている。どれだけのことをしても足りないような気がして、いつもいつももどかしい思いをしている。

 彼の優しい思いに報いる方法を雅はずっと探しているのだ。
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