愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
「なんだそれは……ただの暴力じゃないか。私が、それを思い起こさせてしまったということか……」
「おそらくは」
「はあー……それほどひどかったなら、どこかに相談したりはしなかったのか?」

 誠一郎はその問いに小さく首を横に振っている。

「母も姉も完全に支配されていたので、その考えにも至らなかったのかと。私も当時はまだ子供で行動を起こせませんでした。私は今でもそのことを悔いています」
「そうか……」
「私が中学に上がる頃には、父のそれもなくなっていきましたが、代わりに姉は姉でなくなりました。明るくて快活だった姉はいなくなってしまった。優しいところだけは今も昔も変わらないけれど、それも以前とは違う。自分ばかりを犠牲にして、周囲のことしか考えなくなりました。姉は自分というものをなくしてしまったんです」

 雅の常識が世間のそれとかけ離れているとは思っていたけれど、まさか暴力によって作り込まれたものだとは思わなかった。誠一郎の言う明るくて快活だった彼女が失われてしまったことが悔しくてならない。元の雅はどんなにか素敵だったことだろう。清隆もそんな彼女に会ってみたかったと強く思う。

「君の言っていることが今ならよくわかるよ。彼女は些細な願いさえ口にしないからな……はあーっ、くっ!」

 清隆はどうにもならない怒りをぶつけるように、自身の膝を拳で強く叩いた。腹が立って腹が立ってしかたがない。

 清隆がそうやって激しい怒りを見せる中、目の前の誠一郎は随分と表情を和らげていた。
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