愛なき政略結婚は愛のはじまりでした
 寄せては返す波を黙って眺める。波の動きを、目で、耳で、楽しんでいれば、なんだか自分の中のいらないものが洗い流されていくような感じがする。その感覚が心地よくて、雅はじっと波の様子を眺める。

 そうやって雅が波ばかりを追っていたからだろうか。清隆はくすりと笑ってから雅に問いかけてきた。

「そんなに波を見るのが面白いか?」
「はい。とても面白いです。こんなに間近で見たのは初めてですから」

 雅の言葉に清隆は驚いた表情をしている。

「そうなのか? 海に来たことはないのか?」
「遠くから眺めたことでしたら何度かあります。ですが、こうして砂浜に下り立ったのは、記憶にある限りでは今日が初めてです」

 雅が正直に答えれば、清隆はなぜだか満足そうな表情をして頷いている。

「そうか。そうなんだな。君の初めてに立ち会えるだなんて光栄だ。そんなに面白いなら、しばらくこのまま眺めていようか」
「はい」

 そのまましばらくは互いに何も話さずに、ただ黙って海を見つめていた。広い海を眺め、波の音を聞き、清隆のぬくもりを感じる。強く強く感覚を刺激され、それは雅の心の奥深くにまで到達していた。

 自分でも理解できない想いが胸いっぱいに広がっていって、雅は思わず清隆の手を少しだけキュッと握りしめた。清隆も少しだけ強く握りしめてくれた。
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