彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
「私はどうやってここまで来たのでしょうか? きっとどなたかが助けてくださったと思うんですけど、覚えていなくてお礼も伝えられないので……」

「やはりお礼は言いたいですよね。彼が運んできてくれたから、すぐに処置することができたわけだし」

彼、ということは男性なんだ。
そうだよな、抱えられた記憶が微かに残っているけれど、女性ではきっと無理だ。もしかしたら、その人のおかげで怪我をしなくてすんだのかもしれない。

「何か恩返しもしたいくらいです」

「その気持ち、私がちゃんと伝えておきます」

「先生はご存知なんですか?」

「ええ、まぁ……」

どうしたのだろう、歯切れが悪い。

「先生?」

「シャイノスケメ」

小声で呟いた。

「シャイノスケメ?」

「え⁉︎ な、何でもないです独り言」

「はぁ……」

「確かに、貴女をここまで運んで来た人物はいるんだけれども、もう直接お礼は言えないかも。今頃は空の上よ」

「空の上……飛行機ってことですか?」

「ええ、そういうこと」

「そうですか……」

「それじゃあ、私は失礼しますね」

「先生、ありがとうございました」

私は横になったまま深く頭を下げた。


神崎先生が部屋を出て、一人になった処置室で目を閉じると、忘れていた別の現実が否応なしによみがえる。

私、なにやってるんだろう。 
あの情事を目にしていなければ、なんの疑念を抱くこともなく、明日も俊哉のことを想っていたのだろうな。

バカみたい……

お父さん、お母さん、大切に育ててもらったのに、こんな娘でごめんね。

目頭が熱くなり、涙がポロリとこぼれ落ちた。
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