彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
事務所に戻ると、幸い俊哉はいなかった。
安堵するも、すぐに別の不安が私を支配する。

その後も俊佑さんから連絡はなく、不安に支配されたまま仕事を終えた。
私はその足でホテルへ向かう。焦る気持ちに足が追いつかずもつれそうになる。それでも先を急いだ。

ホテルが目の前に見えてきたその時、突然誰かに腕を掴まれた。咄嗟に振り返ると、会いたくない顔がそこにはあった。

「美音」

「……」

「そんなに急いでどこに行くんだよ。危ないだろ、転ぶぞ」

この人は、何故、何事もなかったかのように、平然と話しかけることができるのだろう。

「離して」

「嫌だ」

「叫ぶよ」

「いいよ。でも、美音は叫ばない。そうだろう?」

悔しいけど、その通りだ。叫んで大事にしたくない。もうホテルは目前だ。騒ぎを起こしたくない。

「何を考えているの?」

「話をしたいだけだ」

「話すことは何もないわ」

「じゃあ、とりあえず謝らせてくれ」

「勝手にすれば?謝られても、あなたに対する嫌悪は変わらないから」

「はっきり言うね」

「・・・」

「お前、高椿の次男と結婚すんのか?」

「えっ⁉︎」

「やめといた方がいいと思うけど」

「はい?」

俊哉は掴んだままの私の腕を引っ張り、物陰に連れ込んだ。

「何をするの!」

「あれを見ろ」

私は俊哉の視線を追った。

「え……」

ホテルの前に一台の高級セダンが止まった。
運転手が車を降り、後部座席を開けると、ホテルから男女が現れた。
男性は女性を支えるように背中に腕を回している。
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