彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
自宅に帰り、久しぶりにピアノを弾いたが、演奏は壊滅的だった。
一週間も練習できなかったもんな。
どうしよう……
もう間に合わない……
これまでいったい何のために必死にやってきたのだろう……
そして大学の授業に出席した私は、厳しい現実を突きつけられた。
"プロのピアニストにはなれない"
絶望という初めて味わった挫折だった。
さすがに一人では抱えきれなくなり、母に全てを話すことにした。
演奏であちらこちらと世界中を飛び回っている母がどこにいるのかわからないが、通信手段はあるので連絡すると、すぐに私の異変に気がついた。
日本に帰って来るまで連絡など取らない娘が突然連絡してきたのだ。その時点で何かあったのだと察したのだろう。
「どうしたの?」
穏やかなボイストーンが堪えていた感情を崩壊させ、声を震わせる。
「突発性難聴になっちゃった」
「症状は?」
「音が二重に聞こえて目眩もあったけど、一週間入院して点滴してもらったら落ち着いた」
「入院⁉︎」
「うん」
「お母さんに心配かけたくないって、一人で抱え込んでたんでしょう?」
「・・・」
「お薬は?」
「もらった」
「ちゃんと飲むのよ」
「うん」
「今日はもう何もせず早く寝なさい」
「うん、じゃあ、お風呂入って寝るね」
「ええ、おやすみ」
「おやすみなさい」
母は、大丈夫?とは訊かない。大丈夫でないことがわかっているから。
朝が来て、重い足を引き摺るように大学に行った。
ここにはもう自分の居場所はないのではないかと不安に襲われながら1日を過ごした。
悲観的な感情を抱いたまま帰宅し玄関ドアを開けると、甘い香りが私を包んだ。
ココアだ。
「ただいまぁ」
「お帰り〜」
私は駆け寄るようにリビングのドアを開けた。
対面式のアイランドキッチンに母が立っている。
「ココア飲むでしょ。手洗いうがいしてらっしゃい」
「うん」
洗面所から戻ると、私専用のカップに入ったホットココアが、テーブルの上に置かれていた。
「いただきます」
そっと口をつける。
とても甘い。甘すぎる。砂糖の分量を間違えているのではなかろうかというほど甘い。でも、私は大好きだ。
一週間も練習できなかったもんな。
どうしよう……
もう間に合わない……
これまでいったい何のために必死にやってきたのだろう……
そして大学の授業に出席した私は、厳しい現実を突きつけられた。
"プロのピアニストにはなれない"
絶望という初めて味わった挫折だった。
さすがに一人では抱えきれなくなり、母に全てを話すことにした。
演奏であちらこちらと世界中を飛び回っている母がどこにいるのかわからないが、通信手段はあるので連絡すると、すぐに私の異変に気がついた。
日本に帰って来るまで連絡など取らない娘が突然連絡してきたのだ。その時点で何かあったのだと察したのだろう。
「どうしたの?」
穏やかなボイストーンが堪えていた感情を崩壊させ、声を震わせる。
「突発性難聴になっちゃった」
「症状は?」
「音が二重に聞こえて目眩もあったけど、一週間入院して点滴してもらったら落ち着いた」
「入院⁉︎」
「うん」
「お母さんに心配かけたくないって、一人で抱え込んでたんでしょう?」
「・・・」
「お薬は?」
「もらった」
「ちゃんと飲むのよ」
「うん」
「今日はもう何もせず早く寝なさい」
「うん、じゃあ、お風呂入って寝るね」
「ええ、おやすみ」
「おやすみなさい」
母は、大丈夫?とは訊かない。大丈夫でないことがわかっているから。
朝が来て、重い足を引き摺るように大学に行った。
ここにはもう自分の居場所はないのではないかと不安に襲われながら1日を過ごした。
悲観的な感情を抱いたまま帰宅し玄関ドアを開けると、甘い香りが私を包んだ。
ココアだ。
「ただいまぁ」
「お帰り〜」
私は駆け寄るようにリビングのドアを開けた。
対面式のアイランドキッチンに母が立っている。
「ココア飲むでしょ。手洗いうがいしてらっしゃい」
「うん」
洗面所から戻ると、私専用のカップに入ったホットココアが、テーブルの上に置かれていた。
「いただきます」
そっと口をつける。
とても甘い。甘すぎる。砂糖の分量を間違えているのではなかろうかというほど甘い。でも、私は大好きだ。