彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
イルミネーションの季節が終わり、電飾の撤去当日、片付けられてしまうイルミネーションと、父に会えなくなる寂しさを抱えながら、演奏を終えプライベート通路に下がった母は、心ここに在らずの状態で通路を歩いていた。目の前に電気コードが伸びているのに気づかない。見事にヒールがひっかかった。

「あっ!」

ステージ衣装を着たまま前のめりに転びそうになったその時、母は誰かに抱き止められた。

「すみません!」

顔を上げると、そこには今の今まで母の思考を支配していた父の顔がある。恥ずかしさと緊張で言葉が出ない。

「怪我はないですか?」

抱き止めていた母をゆっくりと立たせた。

「は、はい、大丈夫だと思います」

「足は挫いていませんか?」

少し足を動かしてみたが痛みはない。

「大丈夫です」

「よかった。手は?」

「て、手ですか?」

「そう手です。平気ですか?咄嗟に支えてしまったので、捻ったりしていないかと……」

「大丈夫です、ありがとうございます」

手を握ったり開いたりしてみせると、父は安堵の息を漏らした。

「ピアニストにとって手の怪我は致命傷だと思うから、無事でよかった」

柔らかい表情を浮かべた。
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