彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
突然の出来事に戸惑う私をよそに、彼は私の腰に腕を回したまま、ある招待客のもとへ歩を進めた。

「ヒロフジ会長」

彼が声をかけると、白髪の男性とイブニングドレス姿の女性が振り返り笑顔を浮かべた。視線は私の隣に向いている。
女性は、モデル出身で好感度ナンバーワン人気若手女優、 廣藤愛莉(ひろふじあいり)だ。

彼女がこちらに視線を向け、ほんの一瞬目が合った。そう、ほんの一瞬。けれど、その一瞬で彼女の内面を見てしまったような気がした。
不機嫌を詰め込んだような冷たい視線。好感度ナンバーワンといわれるものには程遠いものだった。植え付けられたイメージのなんと恐ろしいことか。


「おぉ、これはこれは、お父君から近々帰国するとは聞いていたが、このパーティーに合わせたのかな?」

「まぁ、そんなところです」

「その節は本当に世話になった。ありがとう」

「いいえ、自分がやるべきことをやったまでです」

「そのおかげで大切な孫娘が助かったんだ。こんなお礼の挨拶だけじゃ私は納得いかんのだが」

「お気持ちだけいただいておきます」 

「今日はその孫娘と参加させてもらうよ」

「お久しぶりです、先生、お帰りお待ちしていました」

「その後体調はどうですか?」

「もうすっかり元気になりました。ありがとうございます」

先生? 体調を気にするということは医者?もしかして、彼は………って、私は何をやっているのだろう。ピアノを弾き終え役目は終わったというのに、この状況はいったい何?

「ところで、その女性は? もしや」

男性の視線は私を捉え、同時に、廣藤愛莉の蔑むような視線が154センチの私に落とされた。けれど、その表情は恐ろしほど笑顔である。

桃園美音(ももぞのみおん)さんです。私が一生をかけて幸せにしたい女性です。直に紹介することができ、大変嬉しく思います」
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