彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
新居での生活は、海面に反射する太陽の光のように毎日が輝いていた。

窓から差し込む柔らかい日差しに包まれ、母と一緒にピアノを弾く。ソファーに腰掛けた父が、コーヒーを飲みながら優しく見守り、演奏が終わると大きな拍手で褒めてくれた。

「俺には夢があるんだ」

父が、母と私を両腕で包み込む。

「夢? 仁くんの夢、聞きたい」

「結婚式で娘が親父と腕を組んでバージンロードを歩くだろう。その演奏を玲ちゃんにやって欲しいんだ。タタタタァーン、タタタタァーン、タタタタンタタタタンタタタタンタタタタンタタタっていうやつ」

「メンデルスゾーンの結婚行進曲ね。これでしょ?」

母が少しだけ弾いてみせる。

「そう、それそれ。玲ちゃんが弾くピアノを聴きながら、美音と赤い絨毯の上を歩きたい」

「えーっ、美音、お嫁に行かない。ずっとこの家に居たいもん」

「大丈夫よ美音。仁くん、いざその時が来て、美音に彼氏なんか紹介されたら絶対臍曲げるわ」

「玲ちゃん、何てこと言うんだ。俺は寛容な父親だ」

「そう? 美音ももうすぐ中学生だから、恋バナの一つや二つすぐに聞かされるわよ」

「うっ……」

「耐えられないでしょ」

「花嫁姿は見たいが、嫁にはやりたくない。バージンロード一緒に歩いたら、またこの家で3人仲良く暮らせばいい」

「なにそれ!意味がわからない」

「俺もわからん」

「うふふっ、言ってることめちゃくちゃ」

母が笑う。

「だな」

父も笑う。

そんな両親の笑顔に私の顔も綻ぶ。
そこには、かけがえのない幸せが溢れていた。

けれどその幸せの影で、父の身体を病魔は静かに蝕んでいたのだ。
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