彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
膵臓癌 別名 "サイレントキラー"

自覚症状がないまま静かに進行していく。
早期発見早期治療が難しい恐ろしい病だ。

毎年健康診断を受診していた父でさえも気づかなかった。
背中の痛みを感じ、受診して初めて病の重さを知らされた。

即入院、即治療、やれることは全てやった。
母も仕事をセーブし、父の治療のサポートに徹した。

けれど、1年間病と闘った父は静かに息を引き取った。43歳の誕生日だった。

誕生日は自宅で過ごしたいと外泊許可をもらい、久しぶりにマンションで家族水入らずの時間を過ごした。
誕生日ケーキのローソクに火を灯し、母がハッピーバースデーを弾き、私が歌う。
父はソファーに横になったまま目を瞑り、柔和な笑みを浮かべていた。

曲が終わり、母と一緒に拍手を送る。

「おめでとーっ。お父さん、ローソクの火消さなきゃね」

父に反応はない。

「仁くん?」

母が呼びかけても返事はなかった。

「仁くん、お疲れさま。ありがとう」

母は父を抱きしめた。大粒の涙を溢しながら、ずっとずっと抱きしめていた。


父が亡くなり、しばらく生ける屍のようだった母は、私が中学卒業と同時に仕事を再開した。以前から声をかけられていた世界各国を回る演奏もスケジュールに組み込んだ。
まるで、父のいない寂しさを紛らすように。

《この部屋には家族以外誰も入れてはいけない》

母と約束したのはそんな時だった。

父がプレゼントしてくれた大切な家。父の想いが溢れた家。父とのかけがえのない時間が詰まった家。

第三者の誰にも立ち入ってもらいたくない。
それが母の本音であり、私の想いでもあるからだ。
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