彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
私の内定はコネクションであり、コネ入社と言われるものだ。エントリーから入社試験に挑む学生と同じ土俵に立っていたわけではない。

ガッカリされないように頑張らなきゃ!

新たなプレッシャーが背中に覆い被さった。

そんな私の心情を見透かしたかのように専務は穏やかな表情を向ける。

「美音さん、この会社には一般的な入社試験は存在しない。ここで働く社員は、社長に拾われた人間が殆どだ。俺もその一人なんだけどね。だから、余計なプレッシャーは背負わなくていい。俺が言うのもなんだけど、うちの社長、見る目だけはあるんだ」

「おい、雅志、見る目だけってなんだ」

「そのままの意味ですよ。ほら、さっさと行きますよ」

「ホントに俺も行かにゃぁならんのか?」

「当たり前です!社長が行かなくてどうするんですか! 」

「へいへい」

尻に敷かれている旦那さんのようで思わずクスッと笑ってしまった。

「美音ちゃん、今笑っ」

「ほら、行きますよ」

専務は強引に昭二おじさんの腕を掴み、応接室のドアへ向かった。

「美音ちゃん、行ってくるよぉ〜」

引き摺られるように応接室を出て行った昭二おじさんを見ていると、心が軽くなり、前向きな気持ちになっていた。

二人が出て行くとすぐにドアが開き、梨香さんが顔を見せた。

「騒々しくてごめんね」

「いいえ、ちょっと笑ってしまいました」

「ちょっとと言わず、もっと笑ってやればいいのよ。打ち合わせに行きたくないって、朝から駄々こねてもう大変」

「え……」

「マンションの配線工事依頼なんだけど、結構厳しい金額を提示されてて、そのまま請け負ってしまうと赤字確定なのよ。で、これから交渉ってわけ。父は根っからの職人気質だから、こういうことが苦手でね。でも、社長が席にいないと、先方が軽視されてるって捉えかねない。まぁ、交渉は雅志さんの役目なんだけどね」

どうやら、人望は社長、経営戦略は専務といった構図のようだ。

「じゃあ美音ちゃん、社内見学と参りましょうか」

「はい!よろしくお願いします」
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