彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
"Private" のドアを抜けると、懐かしい空間が広がっていた。
父に連れられ母の演奏を聴いていた記憶ががよみがえる。

「美音ちゃん」

「はい」

「会って欲しい人がいるんだが」

「え?」

「話を聞いてやって欲しい」

「は、はい……」

社長が私の頭上を通り越し、園庭の見える窓ガラスの方へと視線を向けた。
振り返ると、バリキャリオーラを放ったパンツスーツスタイルのスレンダーな女性が、タブレットを片手に軽く会釈した。
私に向けられたものかどうか定かではなかったが、とりあえず私も会釈すると、女性がこちらに近づいて来た。
そして、私の前で立ち止り姿勢を正す。

「はじめまして、ポルタフォルトゥーナの代表を務めております、タカツバキサオリと申します」

私の目の前に名刺を差し出した。
指は長くとても奇麗な手だ。

 株式会社 ポルタフォルトゥーナ
 代表取締役 高椿 沙織
      SAORI TAKATSUBAKI

高椿ということは、高椿家の方なのだろうか……

名刺に目を通し、女性の顔を見上げる。

美しい……宝石のような非の打ち所のない顔立ちに抜群のスタイル。エレガントという言葉がぴたりと当てはまる。

ん?エレガント?
記憶のどこかに存在するのだが……

「高椿さんとおっしゃいますと……」

「高椿総合商社は、私の祖父が会長、父が社長、兄が専務を勤めております。私共の会社は高椿グループで、イベントの企画運営などを行なっております」

やはりそうだよなと、心の中で納得した。

「は、はじめまして、桃園美音と申します」

「沙織さん、私は仕事に戻るが、いいかい?」

「はい、ありがとうございました」

「美音ちゃん、仕事は気にしなくていいから、自分の気持ちに素直に従いなさい」

「え?どういうことですか?」

社長は意味ありげな笑みを残し、その場から去っていった。
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