彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
「もしかして、お父様もご存知だったの?」

「あぁ」

それまで黙って佇んでいた高椿社長が静かに口を開いた。

「本当に彼は優秀だった。永峰社長と並んで尊敬に値する人だ」

「きっと素敵なお父様だったのね」

「素晴らしい人だったよ」

高椿社長の言葉を受け、改めて父を誇りに思う。

「美音さん、今日は無理を聞いてくれてありがとう。うちの娘はなかなか頑固でね、一切妥協を許さない。貴女はそんな娘が惚れ込んだピアニストなんだ。どうか、構えず、楽しんで演奏して欲しい」

威厳の中の溢れる優しさに、じわりと胸が熱くなった。

「ありがとうございます。では、楽しみながら精一杯努めさせていただきます」

「頼んだよ。ところで、季織と俊佑はまだ病院か?」

「パーティーには間に合うように来るって聞いているけど、患者さん次第よね。人命優先だもの」

「そうだな。淳也君も緊急手術が入ったと言っていた。パーティーに出席できず申し訳ないと連絡をくれたが、各々がやるべきことをやればいいと思っている。だが、孫の顔は見たい」

「ユウヤもじいじが大好きだものね」

「孫は無条件で可愛い。そうだろ?父さん」

「そうだな」

この数分の会話で、高椿家の関係はとても良好なのだなと感じ取った。きっと、自分の頬の緩みがそう語っている。


「会長、社長、少々よろしいでしょうか?」

秘書と思われる男性が恐縮そうに声をかける。

「じゃあ、我々は行くとしよう。沙織、あとは頼んだぞ」

「ええ、任せて、お祖父様」

穏やかな空気が一瞬にして引き締まった。緊迫感を纏った空気は、彼らを追うようにこの場から遠ざかっていった。
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