彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
日本を発つ日、ヘリで国際空港に向かうため、港に隣接されたベリが丘ヘリポートへ向かった。
車の後部座席から外を眺めていると、港近くの防護柵に寄りかかる女性の姿が目に入った。
もしかしたら、自力で立っていられないほど体調が悪いのではないか。そのまま放っておくことができず、運転手に彼女の近くで停車するよう頼んだ。

車を降り、女性の近くに歩み寄る。
声をかけてみようか、そう思った時だった。

女性の身体がフラフラと揺れた。

ヤバい! このままでは転倒する。

俺は間一髪のところで女性を支えた。
そして、女性の顔を見た瞬間、俺の心の奥底に眠っていた感情が目を覚ました。

左目下の二つ並んだ泣きぼくろ。
幼い頃の面影がある。間違いない、彼女だ。

思わず動揺してしまった。だが、医師としての自分が動揺を拭い去った。

脈も早く息苦しそうだ。
下瞼の裏を確認すると、黄白色をしていた。
眼瞼(がんけん)アネミア、貧血の症状が出ている。
とにかく病院に運ぼう。今なら姉の季織が救命にいるはずだ。

季織には3歳の息子、優也(ゆうや)がいる。
病院に併設された保育園やベビーシッターを利用しているが、日中はなるべく優也と一緒にいたいと、敢えて夜勤や当直にあたっている。季織が仕事でいない夜は、夫で脳外科医の神崎淳也氏が優也を見るという、共働き連携プレーだ。
母親を早くに亡くした季織だからこそ、優也との時間を何よりも大切にしている。

シフト変更がなければ、季織は今日も当直だ。
俺は、季織がいるであろう医局に電話をかけた。
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