彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
それから何度かデートを重ね、彼のマンションで過ごすことが多くなった。
一度だけ、私の家にも行きたいと言われたことがあったのだが、実家に住んでいるから難しいと答えた。嘘ではない。嘘ではないが、私には母との約束があるのだ。

私はベリが丘タウンに住んでいる。かといって、高貴な家柄というわけではない。
古くから富裕層が集まり、格式高い街として知られるベリが丘。
確かに、ノースエリアのような由緒ある高級住宅地といった一定の地域は、次元の違う人たちの集う空間であり、住民や関係者以外立ち入ることができない。厳重な警備大勢がしかれている。
一方のサウスエリアは、商業施設が多く、比較的新しい高層マンションも多い。そのエリアにあるマンションの一室が私の実家だ。

《この部屋には家族以外誰も入れてはいけない》

それが母との約束。

父が亡くなって以降、一度たりとも誰かを招き入れたことはない。

なので、俊哉は私の家がどこにあるのかも知らない。必然に私は俊哉のマンションで料理や掃除を担うことになった。もともと家事は好きだし、作った料理を美味しいと残さず食べてくれて、整理整頓された部屋で過ごすのは気持ちいい。そう言ってくれる俊哉を見ているだけで心が満たされた。

一筋だったピアノを諦めたのだと話した時も、焦らず新しい道を探せばいいと言ってくれた。
合鍵をもらった時は、私の全てを受け入れてくれたようで、俊哉への信頼は揺るぎないものとなった。
そんな俊哉だったから、私の初めても彼に捧げた。私にとってはただただ痛いだけの行為でも、俊哉が求めるのなら我慢できた。
だって、好きだったから……

だけど、間違いだった。

浴室での二人の行為が私を打ちのめす。

家政婦か……
そうか、家政婦……

俊哉にとっての好きの次元から、私はいつの間にか弾き出されていたのだ。

息が苦しい……
目眩もする……
音が……
また音が……
気持ち悪い……
このままじゃ倒れちゃう……
どうしよう……


遠のく意識の中で、誰かに抱えられたような感覚だけが微かに残っていた。

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