彼に抱かれ愛を弾く 〜ベリが丘恋物語〜
「・・・」
「・・・」

二人の間に沈黙が漂う。
えっ!私何言ってるの?

「あ、あのっ、これは」

次の言葉を頭の中で必死に整理しようとしていると、私は彼の大きな胸にゆっくりと引き寄せられた。

「え?」

「俺、無理だわ」

「高椿、先生?」

「俊佑、君には俊佑って呼んで欲しい」

彼が私を身体から離し、知性を詰め込んだようなキリッとした眼で私を見つめた。
この眼からは逃げらそうにない。
男性なんてもう懲り懲りだと思っていたのに、どうしてだろう、心がうるさい。

「もう一度言うよ。桃園美音さん、俺と結婚を前提に付き合って下さい」

「私で良いのですか?」

「君がいいんだ」

しばらく考え込んでしまい、なかなか答えを出せずにいたのだが、彼は何も言わず私の返事を待ってくれていた。
母が父にプロポーズしたこの場所で、今、私は彼に求められている。目には見えない何かに引き寄せられているような気がした。そして自然に口にした。

「よろしく、お願いします」

彼の表情が陽を浴びたようにパッと明るくなった。

「美音、って呼んでいいかな?」

「さっき会長さんの前で思いっきり呼んでましたよね」

「そうだった?」

「惚けないでください」

「美音」

「はい」

「美音」

「はい」

「美音」

「もう、いったいなんですか?」

「幸せを噛み締めているんだよ」

「美音」

「はい」

「ほら、名前を呼ぶと返ってくるだろう」

「じゃあ、俊佑さん」

「ん?」

「俊佑さん」

「なに?」

「呼んでみただけです」

「うんうん、いいねぇ、最高だ。悪いけど俺、離さないよ」

「本当ですか?」

「俺、嘘はつかない主義って言っただろう?」

「そうでした」

「さぁ、行こうか、パーティー会場へ。みんな待ってる」

「はい」

私は差し出された俊佑さんの手を取り腕を組んだ。
"Private" のドアを抜けると、俊佑さんにエスコートされながら螺旋階段を上り、会場へと向かった。

< 86 / 151 >

この作品をシェア

pagetop