嘘つきな彼  ~八年付き合った彼から『距離を置きたい』と言われました。これってフラれた?それとも冷却期間でしょうか?
お目当ての店に行くことになった私たちは、普段あまり使わない駅で降りた。
駅から出た私はスマホを出して、店の地図を開く。
方向音痴な私は、地図アプリを使うたびに便利になった世の中に感謝するのだった。


「課長、その角をひだ……り‥‥‥」
スマホから顔を上げた私は声を失った。

少し離れたエスカレーターから降りてくる一組のカップルに意識を奪われてしまったからだ。

「左?ん‥‥?どうした?」
足を止めて動かなくなった私に尾瀬課長が声をかけた。

その声で飛びかけた意識が戻る。

出していたスマホを咄嗟に構え、動画を撮った。
「何してるんだ、笹塚?」
不信そうな声で尋ねてくる課長に、
「あれ、元彼です」
と言った。
自分でも驚くほどの低い淡々とした声が出た。
「ええ!?」
課長の方が動揺している気がした。

修は幅が狭い、下りのエスカレーターに乗っていた。
修の後ろに立つ女の子が前にいる修の肩に手を当て、顔を寄せる。
服装からして20代前半?
若い女の子は修の耳元で何か話してクスクスと笑う。
カメラがズームになっていたから、二人の表情までがよく見えてしまう。
修は女の子の頭に手を当て、顔を横に向けて女の子の耳に口を寄せた。
そして笑った女の子と修がキスをした。
エスカレーターが下りて、人込みに二人の姿は紛れた。

ピンポン♪

微かに震える指で録画を止めた。
胸元でスマホをぎゅっと握りしめる。

修だった。
修と一緒にいた若い女の子。
服装からして20代前半くらいだろうか。

あの子なの?あの子があの香りの子なの?


ドンッ。
誰かの肩とぶつかった。

「笹塚、少しどけよう」
尾瀬課長に肩を抱かれるように道の端に連れて行かれた。

「大丈夫か?」
と問われ、
「すみません。大丈夫です」
と答えたが、頬を涙が伝う。

「あれ、ヤダ。なんでだろう」
頬を手の甲で拭った。

「別れるって決めて、もう会わないって決めて、修に対して未練なんてないのに…。なんでだろう?」

どうして悔しいのだろう?
どうしてこんなに腹が立つのだろう?
別れたんだからほおっておけばいいのに。
そう思うのに、イライラして、苦しくて、心臓を掻きむしりたくなる。


昼休憩に届いたメッセージが脳裏に浮かぶ。

 【別れるわけないだろ】

 【お互い冷静になろうって意味だよ】

 【日曜日に話そう。家に行くよ】 
 

嫌なのに浮かんでくる。
  
 【話したい】

 【逢いたい】

 【お願い】



嘘つき。
嘘つき。
嘘つき。
嘘つき。


目の前が真っ赤に染まった気がした。



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