嘘つきな彼  ~八年付き合った彼から『距離を置きたい』と言われました。これってフラれた?それとも冷却期間でしょうか?
   <side尾瀬課長>

笹塚をビルの影に連れて行く。

「笹塚?」
俯く笹塚の顔を覗き込むと、見開いた瞳からボロボロと涙が溢れていた。
歯を食いしばっている笹塚の背中に触れる。
彼女は小さく震えていた。
そのまま抱き寄せた。

笹塚はガクンと膝が崩れた。
咄嗟に転びそうになる彼女の腰を支え、もう片方の手で小さな頭をそっと自分の胸に押し当てた。

「ううううう」
俺の胸に顔を埋めた笹塚は声を殺し、体を震わせながら泣いている。


笹塚と男の様子から、あいつが『修』と呼ばれる男だと分かった。
そいつが人目も憚らずにいちゃついていたのを目撃した笹塚のショックは大きいだろう。

笹塚をこんなに傷つけたあの男に腹が立って仕方がない。
最近、やっと吹っ切れたかのように見えたのに。

「笹塚。我慢しなくてもいい。泣いていいよ」
背中に回した手で、彼女の背中を優しく、何度も摩った。

「ふ・・・ううううううう・・・うう・・・」
笹塚は、俺のスーツを握りしめ、歯を食いしばって泣いた。


随分と長いこと泣いて、やっと笹塚は泣き止んだ。
「あ」
と小さく呟いた笹塚は、俯きながら、ゆっくりと俺の胸を押した。
俺は抱きしめていたい衝動を抑えながら、離れていく笹塚の腕に手を添えた。

「すみません。取り乱してしまいました」
と俯やいた笹塚の顔は俯いていて見えない。

「そんなことは気にするな。それより、大丈夫か?……って大丈夫なわけないよな」
大丈夫かと問われて『大丈夫じゃない』なんて言えるわけがない。

「いえ、大丈夫です。泣いてすっきりしました」
声を高くして、平気な振りをする。
「それに、多分これって、二股掛けられちゃってたんですよね。
昼に、『別れたつもりはない』っていうメッセージか来たんですよ。
私、別れるって返事したんです。もう会わないって」

俯き、目を合わせないままに明るく話す笹塚の頬に両手を添え、上を向かせた。

あんなに泣いたのに、まだその目には涙が溜まっていて、瞬きの拍子にポタリと零れた。

「笹塚、今日うちに泊れ」
「は?」
笹塚の眉間に皺が寄る。
そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいだろう?傷ついてしまう。

「明日、有休とればいい」
「有休とか、そういう問題じゃないですよね」

「このまま一人にするのは心配だ」
「いやいやいや、さすがにそれは…」

「一人になったらいろんなこと考えてまた泣くんだろ?」
「一応、私も女ですよ」

「そんなことは百も承知だ。だけど、傷ついた部下に手ぇ出そうとか思っていないから安心しろ」
「…‥‥」

「おい!信じてないだろ?」
「い、いえ。課長って彼女さんとかいないのかな…と」

「今、付き合ってる人はいない。いたらうちに来いだなんて言うわけがないだろう?」
「そ、そうですよね」

「…ただ、こんな日に一人でいるのは辛いだろ?」
「‥‥‥」

「ほら、行くぞ」
手首を持って、タクシー乗り場に連れて行った。


手首の細さに、彼女の苦悩を感じて胸が疼いた。



   <side尾瀬課長  終>




< 15 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop